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新説提唱

今日は女性誌ばりに(?)「むだ毛」の話。解禁~。

実際は「むだ」ではない「毛」でしょうが、やはり女の子としては気になるところ。男性の中にも気になる人はいるかもしれないですが、自然でいいんじゃないですか。私としては^^:私はどちらかというと毛深い方なので、薄毛に憧れます。しかし、例えば白人ブロンドの女性は毛深くないかというとそうでもない。毛が金髪なんです。私にも黒ではなく金色の「むだ毛」が生えてくれれば気にもならないのでしょうが・・。あるアメリカのドラマの中の女性の腕のむだ毛が、わんさか生えたままになっているのが角度によって見えました。それでも目立たないし気にしてないみたい。うらやましいことです。

こんな私ですが、年老いて毛も元気がなくなったのか^^:、足のすねのむだ毛が、今年の冬はほとんど伸びず、のびても細く(したがって色も薄め)なってきたではありませんか!一抹の寂しさも感じながら、でもやはり「うれしい!」の一言。剛毛のない足。るんるんしました。

と ところが!草木が芽吹き、成長する季節になり、とうとうすねも出さなくてはいけない(どうしても出さなくてもいいですが、暑くなりますからねえ)頃になって、何ということでしょう!またあの剛毛が顔を出し始めたんです!!しかも、その伸びるスピードも速い~~~。。。

私はしろーとですから、科学的な説明は出来ませんが、寒さに耐え厚くズボンに覆われていた時には伸びずに退化しているように見えたものが、開放され太陽のもとにさらされると共に復活する。「すね毛は光合成している説」を思わず唱えたくなっても不思議ではないでしょう?充分な光とそして風、それと内部からの水分と栄養で、私の「むだすね毛」は今日もむきむきと元気なのですぅぅぅ。

とまあ、一番の強敵はすねなのですが、他にも腕、背中、指(手も足も)、わき、顔・・と気にしなくてはいけない所はいっぱい。かみそり負けで皮膚がぶつぶつになっても、やっぱりむだ毛は気になる~。仕方ないことですわ。

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記念旅行記 その2

翌朝、前日とは打って変わって「梅雨の朝」。結局1日中降られてしまいました。ホテルの種類豊富なビュッフェ朝食にも満足し、チェックアウト。買い物をして増えた荷物も、豊富にあったホテルの金戻り式コインロッカー(これも便利でした)に押し込み、傘だけは忘れずにいざUSJへ!

実は、USJの無料会員になっておくと、誕生日月に入場料が700円オフ(同伴者も)になるので、チケットブースでそのチェックをして、いよいよ門の前へ。思い起こせば、前回、オープン1年くらいのまだ目新しかったUSJはめちゃ混みで、60分待ち、90分待ち、120分待ちもあった記憶が。待ち時間が長くて、アトラクションも数個しか入れなかった記憶も。そこで、今回は前に入れなかったアトラクションは絶対に入ろうと気合を入れ、とりあえず前無かった「スパーダーマン」に走る事を決めました。とは言っても、周りには私たちより20歳若い修学旅行生たち。一緒に走るのは私は大丈夫でも、ダンナにはキツイ^^:開門と同時に走り出す彼らを横目にダンナを引っ張りつつ早歩き・・。ところが、みんな「スパーダーマン」に向かった割には、全然空き空きで1分も待たず乗れました。さすが、(少し経つけど)最新のアトラクションだけあって、ライド&3Dで面白かったです。

そんな調子で、結局ほとんどすべてのアトラクションを待たずに制覇。悪天候と時期なのでしょうか。ジュラシックパークとジョーズ(あと、意外に濡れるスヌーピーのエリアのウオータースライダー)のために買ったポンチョでしたが、結局雨が本降りでずっと着てる羽目になりました。あと、私たちには2度目の「ウオーターワールド」。もともと濡れているところで水をかけられても、以前ほどには笑えなかった。やっぱり乾いていてこそですね^^:

お昼のレストランでは、「誕生日のささやかなプレゼント“ケーキ”」を頂き、提携ホテルクーポンで10%オフもしっかり使い、お店でも少し買い物をして、まあまあ満喫し5時過ぎにはUSJを後にしました。私たちは今回ほとんど制覇したので、あと10年は来なくていいかなと言いながら帰りました。10年後も果たしてあるのか分かりませんが、来月5周年を迎えるということで、エリアを壊して新しいエリアも出来るそうです。リピーターを呼ぶには、いかに新しいものも増やしていくかでしょうね。もともとアトラクション自体も多くはないし。

思ったより早い時間の新幹線に乗り、家に帰ってきました。1泊旅行もめいっぱい楽しめば思ったよりも旅行気分を楽しむことが出来るのかもしれません。終わってしまって今は残念だけど、また日帰りでもいいから、どこかに行きたいな!!と密かに調べを進めるやる気まんまんの私でした。

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記念旅行記 その1

先月のGWに京都-奈良旅行を敢行したばかりでしたが、しばらく遊んでいないテーマパークに無性に行きたくなり、ダンナの誕生日&結婚7周年記念旅行として、USJ(ユニバーサル スタジオ ジャパン)に行ってきました。前回は確か2002年辺りに行ったような。4年ぶり2回目のUSJです。

まずは、前日に京都入り。今回は神社やお寺を周った先月と違い、私の希望で「京都雑貨屋めぐり」を計画。2週間前からWEBや雑誌でお店をピックアップし、お金を貯め(?)準備しました。と、ここでいつもの貧乏根性が登場。せっかく関西の都市に行くんだから、いいコンサートやっていないかな~と京都・大阪の夜のコンサート(昼はもちろん雑貨屋めぐりですから)を調べました。が、残念ながら水曜日の夜ということもあり、聴きたいコンサートが見つからず、、、とそこに「鼓童」の文字が。ダンナは鼓童のDVDを持っていて、佐渡のワークショップにも行ってみたいと言うほど好きなようなので、京都の南座で行っている「坂東玉三郎と鼓童」のコンサート「行きたーい?」と尋ねたら、「行きたい!」だって。全く、自分では探さずに、人に教えてもらって結局楽しむんだから=3 と何か面白くないいきさつでしたが、WEBでチケットを予約し、京都に向かったのでした。

水曜日は朝から快晴。日差しも強く、暑くなりました。まずは四条通をぶらぶら。都会のお店は10:30や11:00開店のお店が多く、結局1時間余りでお昼。自分としては消化不良で「南座」へ。席は安い末席だったので足元が狭く、窮屈でしたが、初めての歌舞伎座体験はなかなか楽しいものでした。コンサートもプロの舞台で、引き込まれましたし。あと、本当はいいのか分かりませんが、席でお弁当やおせんべいを食べるおばちゃんたちもいて、西欧のコンサートホールにない雰囲気も味わいました^^:

カーテンコールもにぎやかに南座を後にし、買い物の時間を取り戻すべく、一心不乱に店探しと物色へ。それでも気温の高い日で、2時間も歩くとへたばってきました~。5時を過ぎ、まだ見つからない店を探してさまよっていると、ダンナから「エネルギー切れ」宣言が。まだまだ買い物はし足りなかったのですが、仕方ないので打ち切って夕飯へ。まだ新しいと見られるビル(ACTUSが入っている)の高級(?)ビュッフェで、食事。ケチってアルコール無しにしましたが、旅行で歩き疲れているときのアルコールで、いつもだいたい余計に疲れるので、私たちには健全な食事でよかったのかも。その後、USJそばのホテルまで移動。京都からなので1時間少しかかりました。

今回の宿泊はあえてUSJのオフィシャルホテルを予約していきました。何となく割高のイメージがあっていつもは提携ホテルを避けていたのですが、今回認識を改めました。去年の7月にオープンしたばかりのホテルだったので、全体的に新しくてきれい、部屋もさわやかでリゾートちっく。部屋もフローリング部分が広く、お風呂もユニットではないのも気に入りました。それでいて、お値段は良心的で、今回ホテルは正解だったです。ダンナは「南座」の座席のせいか歩きつかれたせいか、持病の腰痛を感じたらしく、誕生日の奮発として「客室マッサージ」を頼みました。私たちには初めての体験!どんな人が来るんだろうとやや緊張気味に待っていると、40代くらいのプロっぽい顔つきの女性が登場。慣れた調子で40分間、念入りにマッサージしてくれたそうです。私は横目で羨んでました・・。40分5000円。高いのか安いのか、分かりません・・。そういえば、去年の私のダンナへの誕生日プレゼントも「マッサージ代奢り」だったなあ。プレゼントの内容が年々爺むさくなる、仕方ない {祝40歳} だもの~~!! つづく

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理想の間取り

週末になると増える新聞広告。中でも、マンションや住宅のチラシが多く目に付きます。他にも家電店や車のメーカーのチラシも増えますよね。そして、日曜の広告には求人のチラシが多く、また月曜日はサプリなどの通販系が多いように思います。意味があるんでしょうね。きっと。

マンションや住宅のチラシが入ってると、買うわけでもないのに間取りなどをチェックしてしまうのですが、みんなそうでしょうか?ついつい「これはいい。」とか「これはよく考えたな。」とか「ありがち。」とか評価をしてしまいます。夢が叶うなら、もちろん自己設計の家に住みたい!しかし、現実はそう甘くはないため、理想の間取りに近い物件を探して、想像を膨らますしかないのです^^:

今住むマンションの間取りは、どちらかというとあまり見られない珍しい間取りの方だとは思うのですが、住んでみるとやっぱり出てきます。不満が。そもそも高い買い物だったにも関わらず、よく吟味して選んだという記憶がありません^^。何気なくモデルルームを見に行って2件目で決めちゃったのですから・・。それも、1件目のマンションの部屋の壁が何となく威圧感があり、部屋の中が息苦しい感じだったため、2件目で訪れた今のマンションが開放的に思えたというだけで即決。あとは、ど素人の私たちには太刀打ちできない売り手の口車(というほどでもないけど)に乗せられて(つまり、来週までに決めないと取られちゃうとか、カーテンとクーラーと照明は付けますよみたいな)、決めちゃったんですね~。

気に入らない点。①廊下に面した窓に格子が付いていなかった。→今のマンションは専用ポーチなどがあることが多いが、そうでない場合、いくら暑い日でも廊下側の窓は締め切っておかないと防犯上危険。我が家は、あとで自費で付けました。②洗面所・風呂場に窓がない。→我が家は角部屋ではないので仕方ないのかもしれないが、家のマンションの角部屋のお風呂も外に面していない。今作っているマンションには、角部屋じゃなくても北や南向きの窓付きお風呂があったりする。洗面所も風呂場も風通しが悪いとカビが生えやすい。③台所に窓や勝手口がない→これもカビなどが生えやすい他、天然光に比べて薄暗く、長く居たくない気分になる。④道路の音がうるさいので窓が開けられない。→それまで住んでいた実家は静かな住宅街の中だったので、夏は網戸にしてカエルの鳴く声を聞いて寝ていた。今は、夜中も街道(交通量多し)の車の音のため、真夏も締め切らないと眠れない。空気も悪い。⑤北側の部屋には一切陽が当たらない。→これにはびっくりしたのだが、天気のよい日の早朝の光が少し感じられる程度で、真昼間にも真っ暗で電気をつけなくてはいけない。結露が乾燥する条件がないため、黒カビになる。

気に入らないところばかり主張してるとわがままな嫌なやつなので、いい点も少し。①冬が暖かい。→気密性のおかげで暖房はほとんど要らない。冬に家の中で着替えて外に出ると、服を一枚着忘れたことに気づく。②蚊がほとんど来ない。→窓を開けないこともあるが、高い位置なので蚊がやってこない。蚊取りグッズはほとんど使わない。③駅に近い→まあ、立地の良さを考えなければ、マンションに住む意味がないということで。

というように、いい点は「間取り」というより「マンションのいい点」ですね~。まあ、一長一短というのはありますよね。両親だって、自分たちで設計に関わって建てたはずの家に住んでいますが、30年以上も経てばもちろん居住環境も好みも変わって、文句いっぱいですし。

とまあ、「万が一将来自分の家が持てるとしたら」という空想の中では、今の不満を解消させる間取りを考えて、また今日もチラシを見ているわけです。ちなみに今の私の第一の理想は、キッチンを南側の一番日当たりのよいところに備えること、そして、家の前の箱庭とキッチンはつながっていて、庭で犬(もえちゃん?)を放し飼いすること。----結論、私の中の大切なもの。食べることと愛犬。----そうゆうことかあ!

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不自然な記念写真

あと十日で結婚七回目の結婚記念日です。住む所も変わらず、職も大して変わらず、おまけに家族の人数も変わっていないので、7年経ったという実感がないのが実情。

7年前、初めての結婚記念日を迎えるにあたって、何か記念になるものをと思い写真を撮りに行きました。知り合いに、年賀状は必ず家族の近況が添えられた集合写真という人がいて、他人の家族とはいえ毎年の小さな変化(例えば留学先の娘が別写真とか、娘たちが結婚して家族が増えるとか)が分かって、これをずらーっと並べたら「家族の歴史」だよなあと感心したのがきっかけ。ささやかな家族の歴史がつづられていくのではないかと決心して、写真館を予約したのでした。

写真館を選ぶにあたっては、自分にはこだわりがなかったのですが、我が母の願いがそこにいきなり投入されたのでした。母はその老舗の写真館で結婚式の写真を撮りたいという希望を持っていたそうなのですが、父の母(私からしたら祖母)に反対され、泣く泣く諦めたそうな。そして、娘たち(私と妹)の成人式にはぜひ念願を果たす!と思っていたのに娘は成人式に帰って来ず^^:最後の望みをかけて娘たちの結婚式で!と思っていたのですが、これまた会場が遠くて実現せず・・。その話を小耳にはさんでいた私は、親孝行してやっかという気持ちでその写真館に予約。まあ、場所も近いしいいやぐらいの気持ちでした。

ただ眼を見張ったのはお値段。相場はどうなのか知りませんが、やはり2カットで2万円以上はします。初めは写真をつづっていくアルバムも購入したので3万以上だったでしょうか。そのうち2~3年と続けるうちにサービスで(?)3カット同料金になりましたが。つまり言い値の世界なんですよね~。はっきりいって写真の技術的な良し悪しは私には分からないので、ちょっと痛い値段というのは確か。

こうして、老けていく以外は特に変化なく5回目までは撮りました。記念写真を撮ると決めた割には私は写真が苦手で、自然に笑うことが難しく、「はい、おくさーん、笑って笑って!」と上ずった声で言われれば言われるほど、ぴくぴくと引きつり・・。1回目それで懲りて、2回目に言ったとき「笑って~と言わないで下さい。それから、カメラへの視線を外させて下さい。」とはっきり主張。2年目の写真は目がどっか向いた写真ばっかしでした(笑)

それ以外にも、やはり毎年ポーズは変えないといけないという気持ちが強いのか、アクロバット的なポーズを要求され、腹筋ぴくぴく・・など何か不自然な格好の写真が増え、その割には自然なスナップっぽい表情のものがなく、私もダンナも値段と物との釣合いも含め、少し疑問を持ち始めてしまいました。

そして、去年。私が学校に通いお金が湯水のように出て行く毎日を体験している時、とうとう深い考えもなく、写真館を予約するのを止めてしまいました。「そのお金があったら、学費に使う!」あっけない幕切れです。

5年目まで撮ったので、あとは5年毎に撮ってけばいいかと今は考えています。それに、先出した知り合いの家族は、家族が集まったときのスナップ写真を年賀状に使っていたわけで、何も高いお金かけて撮ったものでなくてもいいんですよね。そもそも私たち年賀状でその写真使ってないし・・。

というわけで、去年はちょっと高価なご飯を食べに行きました。今年は・・また報告します。

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合唱遍歴~そして今~

大学卒業後、地元に戻り同時に就職。仕事はフルタイムで休みの日も出なくてはいけないことが多かったため、東京に合唱をしに行くことは難しくなってしまいました。休日には少しでも音楽(合唱)に触れたいと、地元の2つの合唱団に入団。それぞれ、土曜と日曜の夜に練習が入りました。1つは主にルネサンスのアカペラを歌う混声、もう1つは本番でオケと歌うバッハの合唱団です。前者では全日本合唱コンクールを再び経験。行けるのは関東大会まででしたが、久しぶりにコンクールの空気を味わうこともできました。後者の団ではバッハの大曲(マタイ、ヨハネ、ロ短調など)を経験でき、またドイツへ演奏旅行へ行くこともできました。高校の時とはまた一味違った(今度はビールも飲むことができたし^^)ドイツでの演奏経験でした。

また、ダンナとの出会いがこのバッハの合唱団ででした。地方の合唱団では多いのかもしれませんが、練習会場にそれぞれ車で集まってくるために、どの合唱団でも普通練習に三々五々集まり三々五々散っていくのが常です。都会の電車網が発達しているところでは、きっと若い人が多い団ほど練習後の飲み会が充実しているのではないでしょうか。私たちが顔をつき合わせて飲んだりするのは、一年に一回の演奏会後の打ち上げの時ぐらいというのが一般的(?)です。なので、30人くらいの団になると、自分の周りの人くらいしか名前や顔も覚えられず、特にベース(ソプラノから一番遠い)の人と名前は、目立つ人以外知りませんでした・・。私とダンナは1年は一緒の団内で歌っていたはずなのですが、少なくとも私は名前も顔も覚えておらず^^:、演奏会の打ち上げでたまたま近くに座り話をしたのが初めてでした。そもそもバッハを歌う合唱団というのは、世代がばらばらなのですよね。同世代が集まっている団ならば、もう少し親睦も深めようというものですが、今から考えると少し特殊な団だったのかもしれません。

そんなこんなで、ダンナ(となる人)とそのベース仲間の人と話が盛り上がり、新しい団を作りたい!と盛り上がって出来たのが10人での声楽アンサンブルでした。メンバーは一本釣りで集めたのですが、結果として3組の夫婦を含む10名のアンサンブルになりました。特徴としては指揮者なしリーダーなし。その後アルトに入れ替えがあったものの、ほぼ変わらないメンツで今に至っています。

ここまでで、ダンナと私が一緒に関わっていない団はそれぞれあったのですが、結婚後しばらくして私がルネサンスの合唱団を辞め、ダンナも指揮を振ったいた(2人指揮者の団)に入ることになったため、3つの合唱団に一緒に出掛けるという状況に。しかし、その後バッハの合唱団を2人揃って退団しました(土曜日の夜の練習がキツかった)。

そしてしばらくして、私はこの日記でも以前書いた女声合唱団に参加することとなり、高校以後ほとんど経験していなかった女声合唱の世界を今また体験しています。

ダンナはダンナでバッハの合唱団に入る前に所属していた合唱団や職場の男声合唱団など私とかぶらない合唱団にいたこともあり、私たちは「合唱団で出来ている」と感じたダンナと私は、7年前、結婚披露宴をそれぞれの団の人たちと歌うコンサート形式に計画しました。おかげさまで、豪華な合唱祭のような披露宴になり、私たちにとっては何よりの記念になりました。

こうして私の合唱遍歴は小学校の4年生から今の今まで続いていますが、ここまで好きでやってきたのだから、きっとずっと続けていくんだろうなと思います。でも、ただ漫然と続けるのではなく、少しづつでも進歩していきたいなと思う今日この頃です。

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