コンサートレポート

「クロチェット 結成記念コンサート」終わりました。

お聴きくださった皆さま、ありがとうございました!

2007716_099 7/16浜松公演・・・前日の台風一過で快晴かと思ったのですが、メンバー内の超雨女のパワーゆえか、本番に近づくにつれ徐々に湿度UP↑ リハーサル中も教会内は湿気とクーラーの冷気との葛藤で、人工冷気の苦手な私はややどんよりとした空気を引きずりながら練習を進めました。 会場受付けはマイ家族が担当。心配していたお客さんは予想以上にたくさん入って下さり、着替えて袖に待機する頃には、すっかりテンションが上がってきました。 今回の本プログラムは全6曲。歌の出番は1曲おきということで、そういう意味ではのどを休ませる時間と気持ちの切り替える時間が適度に空いていて、私にはとても有り難いプログラミングでした。しかし、当然通奏低音のお2人は出ずっぱり・・。お疲れ様です。 私は本番にテンションが上がり、興奮すると音程が上ずる傾向にあるのですが、この日も後半に向かってヒートアップ >o< とかく歌い手は独走してしまうと言われますが、最後まできちんとアンサンブルをする難しさを痛感しました。曲の世界に入りながらも、和声の変化を楽器の人たちと一緒に感じて、声で表現できる冷静さも持って歌う←課題ですね。 打ち上げは、チェンバロ製作&調律でお世話になっている方や教会の方で今回ご尽力いただいた方、そしてメンバーの連れ合いなど皆で静かに(?)盛り上がり、その後、皆さまはるばると浜松からお帰りでした。 地元でのコンサートは大変な面もありますが、やはり楽しいものでした!

7/20名古屋公演・・・浜松では青空が見えていたのに、新幹線で西へ向かうにつれ雲行きが・・・。すっかり雨女に感心しつつ、コンサートホールに到着。いったん中に入ってしまうと地下2階なので外の様子は全く分からなくなってしまいました。 この日のリハは我らが宇田川先生に聴いていただき、立ち位置や照明、あいさつの仕方まで細かく見ていただきました。これによって、やはり演出というもの、お客さんを楽しませるということの大切さを実感。 受付けなどの雑務やステマネなどはホールの方やイワサキさん(マネージメント)達がやって下さっているので、私たちは袖に行って準備を整えるだけ。なので、あっという間に本番という感じでした。 教会とホールではやはり音の広がり方が違うため、自分の声の向かう先も何となくつかみにくい。浜松の録音を聴いて注意していた音程も、思うとおりに直ったのか、または慎重になりすぎて硬くなっているのか、演奏中になかなかつかめなかったのが残念でした。また録音を聴いて反省かな。 浜松の教会公演に先立ち、ライブハウスでの演奏やロビーコンサートでの演奏を経験してくると、それまでに比べコンサートホールでの演奏でお客さんとの距離が少し遠く感じてしまいました。いろいろな原因はあると思いますが、選曲・演奏・演出などで、もっともっと研究の必要性があるようです。 

ともかくも1年準備してきたコンサートが終わりました。コンサート前は、仕事が忙しくてコンサートの練習もしないとという「アセアセ」な気分で過ごしていましたが、済んでみるとその「アセアセ」がもう懐かしい・・。基本的に貧乏性な私ですので、もう「さあ、次はっ!」という気持ちです^^。 色々な楽器の人たちと一緒にやるのは、本当に面白く刺激的。その中から、聴いている人をも楽しませる音楽が出てくるといいなと思います。

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久しぶりの海外旅行

フィンランド旅行に行ってきました。フィンランド旅行といっても、居た場所は一箇所で、首都ヘルシンキです。

行く前も行って来た後も、みんなに「どうしてフィンランド?」と聞かれます。北方面が好き(南方面より、どちらかというと北方面の寒くて暗い雰囲気?に惹かれる。)→何年か前の北欧周遊ツアーが良かった→北欧デザインのマイブーム→合唱の祭典での北欧合唱団の活躍→「かもめ食堂」のマイヒット→せっかく旅行に行くなら気になっている所へ→セントレアからフィンランド航空週3便就航→フィンランドの作曲家の合唱曲を練習→日本から一番近いヨーロッパ ・・・てな感じで、決まっていったのでした。だから正確に答えるにはちょっと時間がかかるのです^^:

細かな行程は、また次の機会にまわすとして、全体の印象を。

気候→一ヶ月も前からネットでチェックし、週間予報なども見ていたら、この一ヶ月の気温の変化はすさまじいものでした。2月の半ばは-20℃くらいの日もあり、いくら寒い地方の雰囲気が好きと言っても、こりゃ大丈夫でしょうか?と思っていましたが、3月に入るとグーンと気温も上がり、せいぜい-5℃くらいに。そして、旅行中は前半は0℃周辺で少し冷たく感じましたが、後半になると+5℃ぐらいになる日も!まるで私たちが春を運んできたかのような展開でした^^。さんざんおどかされて、防寒対策をしていったので、寒くて凍える目にはあわず、むしろ動きまわって落ち着いた時には汗ばむ始末でした。  フィンランドは外は寒くても、湿度がいつも80%以上で風速1メートル。多分、夏は湿度が低くてカラッとしていそう。なので今の時期乾燥する日本の冬に比べると、気温はさておき割と過ごしやすいのかな、と帰国の日、強風吹き荒れる名古屋で思いました。  あと過ごしやすかったのはホテルの中。室内は多少乾燥はしますが、温度は超適温。日本でも海外でも、ホテルの中に居ると薄ら寒かったり、少しのぼせ気味だったり、自分の家との違いを感じないことはめったにないのに、今回のホテルは考えてみれば一度も気にならなかった。廊下も食堂もすべて一定。そういう意味では、教会の中やフェリーなども冷えていそうなのにばっちりだったし、トイレの個室の中も1つ1つ小さなヒーターの付いていた所もあった!北国というのはこういうものなのかな?温暖といわれる場所で育った私には、なるほどと思わせる工夫が新鮮でした。

物価→ひとこと「高い!」。今ユーロは1ユーロ160円近くまでいってるんでしょうか。物が高いのは、多少名の通ったブランドのものなら仕方ないかなと思わせますが、食べるものが高いというのは旅行者にとってツライものです。一人お酒一杯ずつと食事を1つずつ頼んで食事すると、レストランでは大体合わせて5000円近くはいっちゃう感じ。少し豪勢に食べたいものを頼めば、軽く10000円。カフェで軽く飲み物とパンを食べても2000円くらい取られちゃいます。しかも、ご飯を食べるところがファーストフードからいきなり小洒落たレストランになってしまう(カフェもありますが、夜食事する所ではない)、日本のファミレスのような、値段も雰囲気も中間なところがないんですね。ま、逆に俗っぽい店が少ないことで、いい雰囲気を保っているということにもなるのかもしれません。食事に関しては、旅行ということで少々奮発し、買い物に関してはセールの時期を狙っていく・・という作戦でいくしか、今の時期は仕方ないですね。旅行者なのでタックスフリーにもなったものがありましたが、全体からしたらスズメの涙でした。

トラム→ヘルシンキ市内、その中でも中心部だけで約まる4日間過ごしましたので、トラムに何回か乗りました。路面電車です。もともと中心地もそれほど大きくない範囲ですので、トラムに乗らずとも、歩いて移動も可能ですが、3日間のツーリストチケット(地下鉄・バス・トラム乗り放題チケット)を購入しましたし、一度乗り方に慣れたら、乗ることが楽しくなってしまい、気が付いたら乗っていました^^。  どうしてそんなに乗りやすいのか。まず、あまり待たない。特に中心部で乗る場合はどんどん来ます。停留所の電光掲示板に、何番のトラムがあと何分で到着するか、次とその次の分まで出ています。少し離れた場所に行く路線は番号を選ばないとなりませんが、中心部内での移動ならば、例えば「4番か7番か10番に乗ればいい」となれば立て続けに来ます。 そしてお金やカードの出し入れがない。いちいち決まった場所に提示するとなると面倒ですが、それがないのでトラムのドアのどこからでも飛び乗れます(大体3両編成だと思います。)本来は運転手に2ユーロ払って乗るのが普通の乗り方だそうですが、それをやっている人はほとんど皆無でした。乗車チケットや私たちの持っていたツーリストチケットなどを検札に入る時があるようですが、とりあえず私たちが乗ったときは一度も無かった。つまり一度もチェックされていないので、あるいは1円も払わず乗っていたとしても、今回は逃れれたわけです。もちろん、突然の検札で料金を払ってなかった人には、1万円以上の罰金があるそうです。地元の方たちでお金を払って乗ってくる人を見なかったので、もしかしたら事前に払い込むようなシステムがあるのかもしれません。とにかく、いろんな場所で、人の良識に頼る姿勢がかいま見られました。 車内は広くは無いけれど小奇麗で、トラムの数が多いせいか混む事も無く、つかまる棒も多くて居心地も○。面白いのは横に2つ並んでいるイスが、1つずつ微妙に前後にずらしてあること。知らないものどおしが並んで座っても、何となく居心地悪い思いをしないように出来てるのかなあと思ったりして。芸が細かいのでした。 そして、降車ですが、各車両の前方上に電光掲示板で次の停留所の名前が出ます。国の公用語である「フィンランド語」と「スウェーデン語」の2パターンで示されます。誰かが近くの降車ボタンを押すと「ピーン」といって、電光掲示板にマークが出ます(何て書いてあるかは読めない)。はじめ私は、誰かが一度押せばどこのドアも開けてくれると思っていました。ところが降りようとドアの前に行っても、自分の前だけ開けてくれないときがある。「なぜ~?イジワル?」と思ったのですが、何度か乗るうちにわかってきました。つまり、別の車両でボタンが押されても、自分の乗っている車両のマークは付かない。マークが付いている車両のドアしか開けてくれないんだと。小心者の私は『一度向こうで「ピーン」と鳴らしたのに、こっちでも鳴らしたらうるさいんじゃないか』とビクビク?しましたが、「ピーン」の音は初めの一回だけで、別の車両であとで押した時は音は鳴らないようになっていたのでした。なーる(ほど)。ま、以上の仕組みのことは何かで読んだわけではないので、正解かどうかは分かりませんが、多分。 あと、ドアの外側にも内側にもボタンが付いていて、自分でも開けられるようになっていました。これは、降りる人が居ない場合開かないドアを開けて乗り込むのに必要だし、やっぱり降車ボタンを押し忘れて開かないドアを開けて降りるのに必要。寒い国だし、むやみにドアを開けっ放しにしない工夫でもあるんでしょうね。  とにかくも、最後にはすっかりトラムに乗りこなしている気分になった私。路線図を広げてそれを頼りに乗るしかないのは仕方ないとしても、旅の行動範囲を気軽に広げてくれる便利な乗り物だったことは確か。浜松にもトラム欲しいなあ。

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ちーちゃん

私が唯一、日本人のアーチストでCDなどを買い揃えているのは、「鬼束ちひろ」です。彼女のセカンドシングルにして、おそらく一番有名&人気の高い「月光」をTVで聴いて以来(2001年くらいだったかなあ)、惹かれ続けているのですが、残念なことにただ今活動休止中。でも、またいつか鬼束サウンドが聴けるに違いないと、手持ちのCDを毎日車で聴きながら、気長に待っているところです。

そこで今日は、「鬼束のどこが好きかベスト10」をお送りして、自分自身も改めて確認してみようかなと思い立ちました。では、独断ですがマイベスト10は・・

第10位 プロデューサー羽毛田丈史氏とのコンビ・・・しょっぱなから本人自体のことではないのですが、やはりこの方とのコンビネーションから生まれる音楽が好きなので。最新曲ではもう一緒に作っていません(残念です)。

第9位 ファッション・・・CDジャケットやプロモーションビデオなどでの彼女のファッションは個性的なのにナチュラルで、彼女にとても似合っていると思う。

第8位 生き方・・・少し大げさですが。才能のある彼女は高校生のころから曲を作り始め、その後世の中に出た曲の多くが、その頃に作られたらしい。10代で自分の音楽を表現できるなんて、私には考えられない。そして、はなから大学進学も考えず、ひたすら曲を作り歌手を目指したなんて、流されまくりの10代(今でもか・・)を送ってきた私にとって、とてもインパクトのある生き方です。

第7位 ルックス・・・彼女の作る曲はどこか暗い部分を表現したものが多いですが、彼女の顔や姿を初めて見たとき、イメージにぴったりと思ったことを覚えています。曲や声や表情がすべてはまっている気がします。何と身長は154cmだとか。小さくは見えないなあ。

第6位 目・・・その中でも、やはり好きなのは目。髪も顔かたちも手も、いいなあと思うところはたくさんあるけれど、大きくて、でも疲れたらうっすらとクマが出来て、二重が四重まぶたにもなりそうな、少し生々しい目が好き。(私は小さくて一重で、疲れても何も変わらん。)

第5位 声・・・CDをたどっていくと、やはり「月光」の頃は若さがあって、年月が経っていくとだんだんハスキーな声質も混ざっていく声。10代から、あの声を持っていたということにも驚き。特に習ったわけでもないと思うけれど、いい発声してるなあなんて、仕事柄思います。

第4位 歌唱力・・・私自身、クラシックを歌ってることもあって、ポップスの歌手でもわざと(味で)音程を外して歌う歌手は、あまり好きになれない。そこまでではなくても、普通歌い方の癖ってみんなあるものなのに、鬼束ちひろの場合、まず音程のとり方がとても清潔。言葉もはっきりしていて、音程のブレがないという歌い方の特徴も、彼女の音楽の色を決めていると思う。

第3位 詩・・・1位から3位はほとんど順不同だけど、やはり詩でしょう。彼女の場合歌詞を先に作って、その後に音楽をつけるという。それだけ、詩は彼女そのものだと思う。「普通そんな表現ってしないだろう」という言葉の連なりに、でも彼女がそれを歌うと本当にそうにしか表現できないなと思わせてしまう。内面的な歌の中に、歌詞らしからぬ言葉(腐敗した世界、死ぬ、殺す、爆破する、など)を使って、ドキリとさせられるのも、彼女の特徴。

第2位 メロディー・・・詩に負けるとも劣らず、彼女の書くメロディーが好き。音楽が始まると一瞬で、ここと違う世界へポーンと連れていかれる気がします。本人がどこまでやっているか分かりませんが、前奏や間奏などのアレンジもひっくるめて好きです。

第1位 雰囲気・・・そう、2位から10位までのすべての要素をひとまとめにして、鬼束ちひろの醸し出す雰囲気が大好き。もちろん、彼女の音楽と切っても切り離せない上で。私より8歳も年が若いのですが、ホントに憧れのヒトなんです。

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発掘調査

年末です。大そうじ&大片付けの季節です。が、普段の心がけのおかげか(ウソ)、いたって平常と変わらぬ我が家です。思い切って捨てるものも無いわけではないのですが、一体いつどこに捨てれば?と考えるだけで、もうやる気は失せました。あまりにも大量のゴミって捨てる場所がないし、パワー要りますよねえ。やはり、普段からちょっとづつ捨てる生活をしてないといけなさそうです。

さて、そんな我が家はほっといて、今日実家に行きましたらば母親に「ダンボールの中身を整理しろ。」と言われました。どうやら先週末に、庭の物置の大そうじを敢行したらしく、私と妹の荷物の詰まったダンボールが4箱も出てきて、「嫁いだ娘たちのものをずっと置いておけるほど広くはないんだよ。この家は。」ということになったらしい。今日は一日中雨降りでしたから、軒先に出て雨の中、母と2人でダンボールチェックをしたのでした。

私のダンボールには、学校の先生時代(そんな時代もあったのね)のいろんなものが入っていました。指導案やら研修のノートやら、試験問題(中学音楽)の原稿やら生徒の作文やら、先生期間は短い間ではありましたが、それなりに多くの足跡が残されていました。しかし、生徒の書いた40人分の作文って、どうすればいいんでしょうか?人が手書きで書いたもの、しかも原稿用紙に書かれたものなどは、そう簡単に捨てることって出来ませんよねえ。取っておいても別に読み返すわけではないんですけど。もっとも、当時一人一人に返せばよかったんでしょうが、そういう類の作文ではなかったようで、しっかりとパンチで空けて綴じられていました。今、生徒たちに返したら、きっと懐かしがるでしょうね。彼らももう24歳になっているんだなあ。

そういう意味で、懐かしいを通り越して、超タイムスリップ的なものが別のダンボールから見つかりました。妹が小2の時に書いたと思われる作文の束です。本の感想文やおそらく物語の主人公に向けた手紙風の作文などに混じり、「わたしのおとうさん」という題の作文が何と3つも出てきました。「なぜ‘おかあさん’の作文が無いんだ!」と母は憤慨してましたが、私には何となく分かります・・。妹は小さい頃とってもオクテで、小2だとしてもかなり幼稚な文が並んでいたのですが、「おとうさんは、朝ごはんを少ししかたべません。でもみそしるは食べます。夕ごはんはごはんを2はい食べます。」とか、「おとうさんは、しゅっちょうの時におみやげに箱をくれました。おかあさんもりょこうのおみやげで、ちりがみとか箱とかくれました。」(何?箱って。)とか、「わたしはおねえさんとねます。おとうさんはおかあさんとねます。」(母、激しく否定^^:)など、結構そのナチュラルさにヤラれ、久しぶりに腹を抱えて2人で大笑いしてしまいました。もう1つ、爆笑したのは「もやしをつくろう」という研究(夏の自由研究かなあ?)をまとめたもの。「1日め・・だいずやとうもろこしから‘もやし’ができるときいて作ってみることにしました。水のなかにだいずを入れました。」「2日め・・だいずが少しふくらんだみたいですが、めははえません。」「3日め・・だいずはふくらんでいますが、めははえません。」「4日め・・ぜんぜんめがでないので、おとうさんとおかあさんにそうだんして、台どころの下のくらいところにおくことにしました。」「5日め・・水が白くにごって、だいずはくさってるみたいでした。じっけんはしっぱいです。」おいおい、もう終わりかい。そもそも本当に大豆からもやしって出来るのか?たったの5日で結論(しかも両親も参加しながら失敗)を出して、それで終わりでいいんかい?と、とにかく突っ込みどころ満載の遺跡発掘でした。

きっとこれは妹も揃った正月に、本格的なダンボール開きが行われるであろうと思った年末の一コマでした。

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興奮の夜

その才能の前にはただ恐れひれ伏すのみ・・と感じることって、テレビの中のこと以外では実際あまりあることではないですが、今日はまたもや感じ入ってしまいました。「上原ひろみ アジアツアー in 浜松」に行ってきました。本人も話していましたが、昨年の6月の浜松ジャズフェスでのライブ以来の来浜で、私としても2度目のライブ体験。しかも今回は単独ライブです。たっぷり約3時間のライブでした!

クリエイティブな部分が未発達の私ですから、このエネルギッシュなすべての音楽、パフォーマンスが彼女の中から作り出されるという部分だけでも、感嘆のため息をつくしかないのですが、今日は改めてその技術にも驚嘆。やっぱりそのテクニックなしでは、ここまで人を揺り動かせないと思います。何かの番組で、本人が「毎日ピアノの練習は欠かさない」と言っていたのを思い出しました。曲を作り出すには、専門的な知識や経験、何よりも創造的な力が必要ですが、やっぱりピアノの上で指を動かすのには頭の中での作業だけではないたゆまない努力というのが絶対に必要。それだけに、クリエイティブな才能にはしっかりとした技術が裏打ちされているのだなあと痛感。しかも並で無いレベルで。

さらに、上原さんのピアノは、しゃべったり歌ったりしているように聴こえる瞬間がとても多いのに気が付きました。曲にそういう特性があるのかもしれませんが、トリオで弾いている時は他の2人とまるで会話をしているよう。ソロの時にはピアノが歌っていました。本人も歌っちゃっているようでしたけど。

そこまで聴いて、この人が既存のピアノコンチェルトをオーケストラバックで弾いたらどんななんだろうと想像してしまいました。本日のアクト大ホールはそれを想像するのにおあつらえ向きだったので・・。いずれにしても、ピアノはしゃべり、本人は夢中で飛んだり、会場を一体にして巻き込む、ものすごい楽しいステージになるだろうな。ちょっと見てみたい。

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一ヶ月日記ダイジェスト再び^^:

恐ろしいことに、またもや一ヶ月以上もブログ更新を怠ってしまった・・。これは、日ごろから、我が身を省みる生活を送ってないからですねえ^^:そういえば、昔から答え合わせとか反省会とか好きじゃなかったなあ(反省)。常に「明日は何しよ。」と思って生きてるのはよく言えば前向きだけど、成長無いなあって思います。ブログの更新がほぼ毎日という人って、毎日いろんなこと考えて生きてるんでしょうね・・。

さて、9月はいろんなことがあったような無かったような。それでも、少しは思い出してみると・・。

まず、部屋の模様替えを大々的に行いました。今の家に越してきてからもう7年ちょっと経ちますが、その時に置いた配置のまま過ごしてきたので、後から増えたものはとりあえず空いているところに置かれ、何となく収まりの悪い部屋に。そして、「いつか使うかも。」と取っておかれたガラクタも目につき始めていました。とにかく「一掃したい!」と思ったら最後、髪の毛と同じで待ってはいられません(髪型を変えたいと思ったら、すぐにでも美容院→)。その日からダンナはしばらく留守だったのですが、「ひとりでできるもん」とにかく朝っぱらから始めて、途中仕事で数時間抜けて、再び始めてとうとう次の日の午前1時にやり遂げました!本棚を3つ、ビデオラック1つ、パソコンやTV類も全部動かしたので、すごいイメチェンになりました。大満足^^。それから約一ヶ月くらい経ちますが、結構きれいに保っています。模様替えした後の部屋って、何かいいですよね。意味もなく居たくなるような、家に早く帰りたくなるような。だからといって、人を招きたくなるようなゴージャスさはないので、自己満足の世界ですわな。

このブログでは、まだあまり書いていなかった気がしますが、「韓国ドラマ」ですよ。HD付きDVDレコーダーを買ってからは、保存版として撮りまくってきました。「冬のソナタ」「美しき日々」「オールイン」「天国の階段」「悲しき恋歌」あたりは、結構観ている人が多い気がします。「ホテリアー」「夏の香り」「パリの恋人」「真実」あたりもハマッて観ました。すべて2回通りは観ているかな。そして、9月に民放で放送していた「秋の童話」を遅ればせながら観ました。初めはそれほど観る気がなかったのですが(役者の好みで)、どうして韓国ドラマって中毒性があるんでしょうね。またもや止まらなくなってしまいました・・。好きとか嫌いとか、いい悪いとは別の「中毒性」があるんですよね。思わず深夜になってしまって、「続きは明日にしよう」と決断する時の大変さよ。合唱のコンサートの本番が近いのに、毎日号泣するあまり、鼻の中が腫れて声が響かなくなってきたので、さすがに本番の前日だけは観るのを止めました^^:実を言うと撮ってあるのにまだ見ていないシリーズも結構あります。「初恋」「愛の群像」「愛の挨拶」「パパ」・・これってぺ・ヨンジュン主演のドラマが残りすぎ?^^:今週から始まる「春のワルツ」もぬかりなく予約モードです。楽しみ☆

合唱団のコンサートとは、以前ブログでも書いた女声合唱団の単独コンサートのことでした。(以前の話題はここ←とかいって押すだけでジャンプ出来るやり方がわからない^^:)6月から練習を開始して、8月はほとんどお休みだったので、約3ヶ月強で本番を迎えました。その間指揮者との練習は計6回。3ステージ分あったので、1回の練習(3時間)ではすべての曲がこなせられず、焦って大変でした。練習の効率や進め方について、特に苦労した今回のコンサートでした。聴いて下さった方々からは、それぞれの受け止め方での感想を頂きました。好意的な言葉だけでなく、厳しい言葉もありました。いったん厳しい意見を聞いてしまうと、好意的なことを言ってくださる方に対して「それ、本心かしら?」なんて疑るような自分がいて、何かそれはそれで嫌になるのですが、やっぱり人によって見方や感じ方が違うのも事実ですよね。演奏する自分たちが「良かった」と思えるのも大事ですが、それって意外と内輪だけの感覚で、お客には伝わってないことの方が多い気が最近します。今回の演奏会ではそこまでの余裕がなかったのですが、舞台上の自分が幽体離脱(?)みたいに客席に座って、お客の目でステージ上の私たちを見れる、そんな感覚を持てたらすごいなあ。人前に立って自分を演出する俳優や芸人たちって、きっとそんな感覚を持ってると思うし。今週末は浜松市の合唱祭があります。別の団体で出演するので、短い演奏時間ではあるけれど、ちょっとトライしてみよう(練習不足で、そこまでの余裕はないという話もあります^^:)。

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赤毛の司祭

今年の春、「レッド プリースト ついに来日!」と書かれたチラシをネットで見て、そこに映っていた写真の人物を見て、私は叫んだのでした。「あー!先生!ついにやったんだ!」と。

大学4年生の夏休み、私はイギリスの南西部の避暑地で行われている、とあるサマースクールに参加しました。愛好家から演奏家までという音楽祭です。今でも、毎年続けられていてパンフレットも欠かさず送られてくるのですが、結局この年とその2年後(社会人2年目で仕事に行き詰っていた頃、逃避行のように)に参加したのを最後に行けずにいます。このサマースクールはプログラムが面白く、だいたい5週間に渡って開かれていて、1週目から順に取り上げる時代がさかのぼっていくんです。1週目は中世からルネサンス、2週目にバロック、3週目に古典派、ロマン派ときて、4週目が近代、5週目現代といった感じでしょうか。もちろん、年ごとに色々変わって、ジャズや民族音楽などクラシックに限らない音楽がテーマに据えられたりしています。当時の私は、大学の声楽科にも関わらず、音楽学科(当時楽理科)の科目に混ぜてもらってリコーダーを楽しんでいたり、(先述したこともある)学外の合唱団で初期バロックの音楽に触れていたこともあり、迷わず1~2週目の2週間をチョイスして、講座やマスタークラス、そしてコンサートを楽しんだのでした。

歌のマスターコースではエブリン・タブのクラスに入り、公開レッスンを受けたりしましたが、それよりも印象的だったのが、リコーダーのマスタークラスでした。先生はピエール・アダムス、ルックスは長身で浅黒く焼けていて野性味あふれる雰囲気、周りのイギリス人とはちょっと違うファッション(麻やコットンの生成りのシャツ、麻のズボンに草履、)、私にも分かるイギリスアクセントの強い話し方、などなどの印象を持つ超技巧的リコーダー奏者でした。一見正反対の印象を持つ(かっちりとしたチェックのシャツにスラックス、短く切りそろえた髪に真っ白できめ細かな肌)ハワード・ビーチというチェンバリストとのコンビネーションが最高で、毎夜行われる講師のコンサートでも、色々な演出をして(この言葉の分からない私も)楽しませてくれました。当時、日本で有名なリコーダー奏者というと、ソロだとミカラ・ペトリくらいしかいなかったので、「こんなすごい演奏家が、どうして有名じゃないんだろう。」と不思議に思ったものでした。ロンドンに戻った時、CDを探したらかろうじて置いてありましたが、とにかく彼の名を日本で聞きたいものだと思いながら、今年の初めまでは10年間ぐらいすっかりと忘れていたのでした。

《レッド プリースト(赤毛の司祭)・・ヴィヴァルディのあだ名」がいよいよ来日!世界の古楽シーンで、破竹の勢いを持つ英国のグループ。リコーダーはピエール・アダムス(!)、チェンバロはハワード・ビーチ(!)、他に2人の女性演奏家(バイオリン、チェロ)との比類なき4人組!!》わー。先生、やっぱりやったね~。

残念ながら生の演奏は聴きに行けなかったのですが(2007年12月の再来日の際には、ぜひ静岡近郊でお願いします!)、NHKの「クラシック倶楽部」でスタジオライブをやってくれました。もちろん録画。いや~、見せます聴かせます。感情の爆発と斬新なアイデア、それを技術的にパーフェクトに、センス良く聴かせてくれます。こんな風に自由にアレンジしちゃうなんて、これぞ古楽の醍醐味だよねえ。グループ名も、衣装も、パフォーマンスも、全部狙ってるんだけど、嫌味じゃない。すがすがしいのです。   サマースクールのコンサートでも、ビーチ氏(この方、初め別人かと思っちゃいました^^:ワイルド系に変身してます。)との演奏で片鱗を見せていたけれど、ただ超絶技巧だけで勝負するのではなく、聴く者を楽しませようという姿勢がついに世界に届いたという意味で、改めて(ひと夏の)マイティーチャーを尊敬したのでした。刺激受けました!

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暑ーい日本で北欧を味わう

私のパソコン周りの環境は、この季節あんまりいいとはいえません。私の部屋は北向きで、陽は全然入ってこないのですが、陽だけでなく風も入ってきません^^:南の窓を開けておいても、風の通り道ではないので、よっぽど台風のような日でない限り、暑い空気のたまり場になっています。それに加えて、扇風機もクーラーもなし。真夏に自分の部屋に寄りつかなくなって、ブログの更新が滞っても、仕方のない状況ではないでしょうか!。。^^:

先日、本屋でまた北欧関係の雑誌や北欧の陶器の本を買ってしまったために、またむくむくと北欧熱が高まってきています。陶器と言ってもほとんどが食器であり、普段にも使いたいカップやお皿なのですが、値打ちのあるものはヴィンテージのもの。発売当時から人気で割と多く生産されたものや、今でも時々復刻されるものは比較的ネットなどでも手に入りやすいようですが、少量生産でなかなか手に入らない物もカタログに載っています。実を言うと、先々月に京都へ雑貨巡りに行ったとき、あるお店にかなりの品揃えで北欧のヴィンテージ食器が置いてありました。一点物だったりするので「自分用の特別なカップにしようかなあ。」と買うことを悩みましたが、その時はまだあまり見たことのないものばかりだったので、結局買うのをやめてきました。今回買った本にはその時お店で見かけたような写真がわんさか載っていたので、もしも近かったらすぐにでもチェックしにいくのになあと歯ぎしりしています。ネットもいいけど、やはり手で触って確かめて買いたい。ですね。(高いけど。)

浜松でも一週間くらいナイトショーで「かもめ食堂」がやってきたので、観に行きました。名古屋で観ようかと思っていて観れなかったので、「浜松東映」さんありがとう!いやあ~観れてよかった!フィンランドの街にさりげなくたたずむ「かもめ食堂」。きっと、観た人はみんな「かもめ食堂」で働きたくなっただろうなあ。(それか、食べたくなったか。)小林聡美の演じる主人公の肩の力の入ってない自然体の暮らし方。注文を受けてからゆっくりドリップするコーヒーや、握り出すおにぎりや、焼き出す鮭や、衣をつけ出すとんかつが、いい!このテンポがいい!(でも、実際すごーいお腹がへっている時だったらイラつくんだろうなあ、この私は・・。そんな自分がイヤになる映画。)お店の雰囲気も、白木のテーブルや空色の壁、お水のグラスや、コーヒーカップやエプロンもグーなのです。こういう映画を観るとヴィンテージでなくてもシンプルでモダンなダイニングにしてもいいよなと思ってしまいます。そういう意味で、ただいま日本に2店舗しかない「IKEA(スウェーデンのデザイン家具&インテリア)」に行って、いろいろシンプルな雑貨を買いそろえたいなあと思ってしまいます。船橋と横浜かあ。遠いなあ。 平日のナイトシアターはいつもあまり観客が多くないですが、今回の「かもめ食堂」は結構埋まっていました。しかも、映画の最後でタイトルロールも終わり、幕が閉まりかけると会場から拍手がでてびっくり!つられて拍手する人もいて、映画というより、いい作品を目の前で見せてもらったというのがその場にいた人の感じた空気だったのかも。私も温かな気持ちになって家路についたのでした。

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一ヶ月日記ダイジェスト

気がつけば、一ヶ月も滞っていました^^: なんだか暑かったり、眠かったりを言い訳にして、ぐーたらしていたなあ。

この一ヶ月のマイ・トピックスをダイジェストで。

7月16日は誕生日でした。34歳になりました。年齢の数字にとらわれると心穏やかとはいかなくなるので、とりあえず無視で・・。つねづね思うのですが、自分の誕生日って別にプレゼントとかをもらう理由ってない気がします。たまたまその日に世の中に出てきただけであって、頑張ったのは私じゃないし。ということで、自分の誕生日に祝ってもらったり、何かをもらったり出来るのは、自分を産んだ人だと思うんですけど。だからといって、母親に何かあげるわけでもないんですけどね^^:。さらに、くれるものは喜んでいただく私ですので、母や妹から服やアクセサリーをいただきました。ありがたや~。ダンナからは、今年は日曜日でしたので、科学館に行ってプラネタリウム(最近リニューアルした)を奢ってもらいました。きれいだったけどクーラーが寒かった。夜には、合唱の練習で、たまたま私が前に立って練習する日だったので、「今日私の誕生日♪」と言ったら、みんなで「おめでとー!!」と言われたのがうれしかったな。

DSライトを買って、ソフトはまだ「もっと脳トレ」と「英語漬け」しかないのですが、「脳トレ」のトレーニングを積むと出てくる「細菌撲滅」にはまっちゃっています・・。《これはトレーニングではなく、脳をリラックスさせるものです》と書いてあるんだけど、いわゆるテトリス風のゲームなので、リラックス?は疑問。はじめこのゲームが出てきた時には、この手のゲームをやったことがなかったので恐ろしく(アセアセなったり、ゲームオーバーになる寸前とか叫びそう)、手を出さずにいたのですが、一旦やり始めたらとにかく止まらなくなってしまいました~。罪なゲーム。妹が最近出た本家「テトリス」のソフトを買ったようなので、今度会うときが楽しみです。

数年前、映画「アメリ」にはまった時は、主人公アメリの髪型にどうしてもなりたくて、DVDのジャケットを持っていって、美容院の担当の人に「お願い!」とやってもらったのですが(ジャケットには顔の前面だけで、後ろ向きがなかったので、後ろの髪型を説明するのに苦労したなあ)、先日そのアメリで有名になったフランス女優のオドレイ・トトゥの別の映画「ミシェル」をケーブルテレビで見ていたら、突然ムズムズしてきました。私の髪型変えたい衝動はいつも突然やってくるのですが、去年までは先立つものがなかったので、その衝動も押さえつけ気味でしたから、久しぶりのムズムズです。「ミシェル」の主人公ミシェルの基本的な髪型は(映画の中では、それを基本にアフロになったり、ストレートになったする)くるくるカールヘアー。いわゆる70年代風のもじゃもじゃカーリーです。また、これが美容師に伝えるのが難しいんだなあ。今どきのヘアカタログにはまず載っていないし、漆黒の髪にこのハードな根元からパーマは、美容師にして「大丈夫なんですか。こんなんで。」と言わしめる髪型なんですねえ。前髪もすべてかけて欲しかったのですが、そこだけはなぜかきっぱりと「前髪はだめです。面白くなるから。」と美容師くんがおっしゃったので諦め、長さはそのままに(ミシェルはボブくらいの長さだったので、そこだけはちょっと変えた)やってもらいました。結果は自分的には大満足。ただ、このままだと出来ない仕事があるかもしれない・・・。 それにしても、顔立ちはまるっきり違うのに(オドレイって目が大きくてインパクトのある顔してますよねえ。)なんでいつも、真似してしまうんだろう。自分の顔が思い切り平坦だから、髪の毛だけでも個性的にと思うからかな。映画「ミシェル」はフランス的なちょっとぶっ飛んでる話だったけど、ミシェルはすごくキュートです☆

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ホントは長いアメリカ国歌

かつて「7月4日に生まれて」という映画でアメリカの独立記念日を知った^^:私です。当時はトムクルーズ好きで、トップガンから始まり主演映画をよく観たものですが、今ではなぜ好きだったのか分かりません・・・^^:

今日はトムとは関係なく、昨日参加させて頂いた名古屋アメリカセンターの「独立記念日祝賀レセプション」のお話。

1ヶ月前にある筋から頼まれ、レセプションでアメリカ国歌か日本の国歌のどちらかを歌って下さいと言われました。当然、「日本の国歌で、、。」と頼んだのですが、君が代を歌う方は振り袖でというオファー。振り袖は持っていないし、当日の着付けも大変そうで「それならアメリカ国歌でいいです~。」とお返事しました。

早速、ネットで楽譜を捜索。しかし、これは著作権上の問題なのでしょうか。歌なしの楽譜(右手がメロディーのピアノ譜?)と、詩だけは別々にあるのですが、歌の書かれている楽譜はありません。そして、ネットで聴ける音源も、ピアノ音で打ち込んであるものはあっても、人が歌っているものはありません・・。

ほとんどの皆さんも同じだと思うのですが、アメリカ国歌のはじめの部分「タァータ タンタンタンターン タァータ タンタンタンターン・・・」の一連のメロディーは聴いたことがあるのですが、実はまだまだ続きがあるんです!!よく聴くメロディーの部分を2回繰り返したあと、Bメロ(?)のような部分があり、残り3フレーズは最後の音にフェルマータ(長く伸ばす)が付けて歌い上げます。それが1番。フルに歌えば4番まであります^^:

今回はもちろん1番だけ歌えばよかったのですが、問題は歌詞の入れ方です。まずは詩ととメロディーを見比べて入れてみました。この作業は、古楽の例えばリュートソングなど有節歌曲でもよくあることで、1番の歌詞は音符の下に書かれていますが、2番以降は楽譜の余白に詩の形で書いてあるだけ。やはり自分で音符にはめていきます。もしあれば参考にCDなどを聴いて、字余りにならないように入れていきます。有節歌曲では、割合最後の方に繰り返す歌詞が付いていて、曲の半分は1番と同じだったりして「ほっ」とします。アメリカ国歌では一カ所、二通りに考えられる部分がありましたが、バイト先のアメリカ人に尋ねたりして、何とか歌詞を入れました。(しかし、そのアメリカ人も「僕はこう習ったけど、人によって色々な歌い方をしてるなあ」などとおっしゃり、一抹の不安が残ったのでした^^:)

必死で暗譜をし、昨日何とかアメリカ国歌をアメリカ人(以外の方もいたかも)と日本人の前で歌いました。メロディーは何のことはないですが、やっぱりネイティブの前で国歌とは!かなりやけくそ状況ですよね~。歌い終わってパーティでは口々に「素晴らしかったですよ。」と声をかけては頂きましたが(近くの方たちが気軽に話しかけてくれるこの雰囲気が、すごくアメリカンな感じでした)、実のところ本当に間違えていなかったのか、確認の仕様がありません・・。今度スポーツの国際大会の模様をTVでやっていたら、国歌斉唱だけでも見よう!と密かに思った私です。

アメリカ国歌と日本国歌を並べて聴き比べたのですが、まずは歌の長さ。それからテンポ設定(君が代にテンポ設定があるのか分かりませんが、通常で考えて)。音の跳躍。メロディーの派手さ。などなど、対照的だなあと改めて感じました。今回はいわゆるアカペラ 無伴奏で歌いましたが、思い起こしてみると、よく聴かれる君が代の伴奏は弦楽のイメージ。一方アメリカ国歌の方は管楽器が似合うイメージです。君が代を歌った方はメゾで、振り袖を着ていましたし、割と淡々と歌われたので、私は多少歌い上げる感じで手を広げたりして、大げさに歌うようにして違いをつけるようにしました。もう、歌うことはないでしょうが、おもしろい体験をさせてもらいました。

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新説提唱

今日は女性誌ばりに(?)「むだ毛」の話。解禁~。

実際は「むだ」ではない「毛」でしょうが、やはり女の子としては気になるところ。男性の中にも気になる人はいるかもしれないですが、自然でいいんじゃないですか。私としては^^:私はどちらかというと毛深い方なので、薄毛に憧れます。しかし、例えば白人ブロンドの女性は毛深くないかというとそうでもない。毛が金髪なんです。私にも黒ではなく金色の「むだ毛」が生えてくれれば気にもならないのでしょうが・・。あるアメリカのドラマの中の女性の腕のむだ毛が、わんさか生えたままになっているのが角度によって見えました。それでも目立たないし気にしてないみたい。うらやましいことです。

こんな私ですが、年老いて毛も元気がなくなったのか^^:、足のすねのむだ毛が、今年の冬はほとんど伸びず、のびても細く(したがって色も薄め)なってきたではありませんか!一抹の寂しさも感じながら、でもやはり「うれしい!」の一言。剛毛のない足。るんるんしました。

と ところが!草木が芽吹き、成長する季節になり、とうとうすねも出さなくてはいけない(どうしても出さなくてもいいですが、暑くなりますからねえ)頃になって、何ということでしょう!またあの剛毛が顔を出し始めたんです!!しかも、その伸びるスピードも速い~~~。。。

私はしろーとですから、科学的な説明は出来ませんが、寒さに耐え厚くズボンに覆われていた時には伸びずに退化しているように見えたものが、開放され太陽のもとにさらされると共に復活する。「すね毛は光合成している説」を思わず唱えたくなっても不思議ではないでしょう?充分な光とそして風、それと内部からの水分と栄養で、私の「むだすね毛」は今日もむきむきと元気なのですぅぅぅ。

とまあ、一番の強敵はすねなのですが、他にも腕、背中、指(手も足も)、わき、顔・・と気にしなくてはいけない所はいっぱい。かみそり負けで皮膚がぶつぶつになっても、やっぱりむだ毛は気になる~。仕方ないことですわ。

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記念旅行記 その2

翌朝、前日とは打って変わって「梅雨の朝」。結局1日中降られてしまいました。ホテルの種類豊富なビュッフェ朝食にも満足し、チェックアウト。買い物をして増えた荷物も、豊富にあったホテルの金戻り式コインロッカー(これも便利でした)に押し込み、傘だけは忘れずにいざUSJへ!

実は、USJの無料会員になっておくと、誕生日月に入場料が700円オフ(同伴者も)になるので、チケットブースでそのチェックをして、いよいよ門の前へ。思い起こせば、前回、オープン1年くらいのまだ目新しかったUSJはめちゃ混みで、60分待ち、90分待ち、120分待ちもあった記憶が。待ち時間が長くて、アトラクションも数個しか入れなかった記憶も。そこで、今回は前に入れなかったアトラクションは絶対に入ろうと気合を入れ、とりあえず前無かった「スパーダーマン」に走る事を決めました。とは言っても、周りには私たちより20歳若い修学旅行生たち。一緒に走るのは私は大丈夫でも、ダンナにはキツイ^^:開門と同時に走り出す彼らを横目にダンナを引っ張りつつ早歩き・・。ところが、みんな「スパーダーマン」に向かった割には、全然空き空きで1分も待たず乗れました。さすが、(少し経つけど)最新のアトラクションだけあって、ライド&3Dで面白かったです。

そんな調子で、結局ほとんどすべてのアトラクションを待たずに制覇。悪天候と時期なのでしょうか。ジュラシックパークとジョーズ(あと、意外に濡れるスヌーピーのエリアのウオータースライダー)のために買ったポンチョでしたが、結局雨が本降りでずっと着てる羽目になりました。あと、私たちには2度目の「ウオーターワールド」。もともと濡れているところで水をかけられても、以前ほどには笑えなかった。やっぱり乾いていてこそですね^^:

お昼のレストランでは、「誕生日のささやかなプレゼント“ケーキ”」を頂き、提携ホテルクーポンで10%オフもしっかり使い、お店でも少し買い物をして、まあまあ満喫し5時過ぎにはUSJを後にしました。私たちは今回ほとんど制覇したので、あと10年は来なくていいかなと言いながら帰りました。10年後も果たしてあるのか分かりませんが、来月5周年を迎えるということで、エリアを壊して新しいエリアも出来るそうです。リピーターを呼ぶには、いかに新しいものも増やしていくかでしょうね。もともとアトラクション自体も多くはないし。

思ったより早い時間の新幹線に乗り、家に帰ってきました。1泊旅行もめいっぱい楽しめば思ったよりも旅行気分を楽しむことが出来るのかもしれません。終わってしまって今は残念だけど、また日帰りでもいいから、どこかに行きたいな!!と密かに調べを進めるやる気まんまんの私でした。

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記念旅行記 その1

先月のGWに京都-奈良旅行を敢行したばかりでしたが、しばらく遊んでいないテーマパークに無性に行きたくなり、ダンナの誕生日&結婚7周年記念旅行として、USJ(ユニバーサル スタジオ ジャパン)に行ってきました。前回は確か2002年辺りに行ったような。4年ぶり2回目のUSJです。

まずは、前日に京都入り。今回は神社やお寺を周った先月と違い、私の希望で「京都雑貨屋めぐり」を計画。2週間前からWEBや雑誌でお店をピックアップし、お金を貯め(?)準備しました。と、ここでいつもの貧乏根性が登場。せっかく関西の都市に行くんだから、いいコンサートやっていないかな~と京都・大阪の夜のコンサート(昼はもちろん雑貨屋めぐりですから)を調べました。が、残念ながら水曜日の夜ということもあり、聴きたいコンサートが見つからず、、、とそこに「鼓童」の文字が。ダンナは鼓童のDVDを持っていて、佐渡のワークショップにも行ってみたいと言うほど好きなようなので、京都の南座で行っている「坂東玉三郎と鼓童」のコンサート「行きたーい?」と尋ねたら、「行きたい!」だって。全く、自分では探さずに、人に教えてもらって結局楽しむんだから=3 と何か面白くないいきさつでしたが、WEBでチケットを予約し、京都に向かったのでした。

水曜日は朝から快晴。日差しも強く、暑くなりました。まずは四条通をぶらぶら。都会のお店は10:30や11:00開店のお店が多く、結局1時間余りでお昼。自分としては消化不良で「南座」へ。席は安い末席だったので足元が狭く、窮屈でしたが、初めての歌舞伎座体験はなかなか楽しいものでした。コンサートもプロの舞台で、引き込まれましたし。あと、本当はいいのか分かりませんが、席でお弁当やおせんべいを食べるおばちゃんたちもいて、西欧のコンサートホールにない雰囲気も味わいました^^:

カーテンコールもにぎやかに南座を後にし、買い物の時間を取り戻すべく、一心不乱に店探しと物色へ。それでも気温の高い日で、2時間も歩くとへたばってきました~。5時を過ぎ、まだ見つからない店を探してさまよっていると、ダンナから「エネルギー切れ」宣言が。まだまだ買い物はし足りなかったのですが、仕方ないので打ち切って夕飯へ。まだ新しいと見られるビル(ACTUSが入っている)の高級(?)ビュッフェで、食事。ケチってアルコール無しにしましたが、旅行で歩き疲れているときのアルコールで、いつもだいたい余計に疲れるので、私たちには健全な食事でよかったのかも。その後、USJそばのホテルまで移動。京都からなので1時間少しかかりました。

今回の宿泊はあえてUSJのオフィシャルホテルを予約していきました。何となく割高のイメージがあっていつもは提携ホテルを避けていたのですが、今回認識を改めました。去年の7月にオープンしたばかりのホテルだったので、全体的に新しくてきれい、部屋もさわやかでリゾートちっく。部屋もフローリング部分が広く、お風呂もユニットではないのも気に入りました。それでいて、お値段は良心的で、今回ホテルは正解だったです。ダンナは「南座」の座席のせいか歩きつかれたせいか、持病の腰痛を感じたらしく、誕生日の奮発として「客室マッサージ」を頼みました。私たちには初めての体験!どんな人が来るんだろうとやや緊張気味に待っていると、40代くらいのプロっぽい顔つきの女性が登場。慣れた調子で40分間、念入りにマッサージしてくれたそうです。私は横目で羨んでました・・。40分5000円。高いのか安いのか、分かりません・・。そういえば、去年の私のダンナへの誕生日プレゼントも「マッサージ代奢り」だったなあ。プレゼントの内容が年々爺むさくなる、仕方ない {祝40歳} だもの~~!! つづく

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理想の間取り

週末になると増える新聞広告。中でも、マンションや住宅のチラシが多く目に付きます。他にも家電店や車のメーカーのチラシも増えますよね。そして、日曜の広告には求人のチラシが多く、また月曜日はサプリなどの通販系が多いように思います。意味があるんでしょうね。きっと。

マンションや住宅のチラシが入ってると、買うわけでもないのに間取りなどをチェックしてしまうのですが、みんなそうでしょうか?ついつい「これはいい。」とか「これはよく考えたな。」とか「ありがち。」とか評価をしてしまいます。夢が叶うなら、もちろん自己設計の家に住みたい!しかし、現実はそう甘くはないため、理想の間取りに近い物件を探して、想像を膨らますしかないのです^^:

今住むマンションの間取りは、どちらかというとあまり見られない珍しい間取りの方だとは思うのですが、住んでみるとやっぱり出てきます。不満が。そもそも高い買い物だったにも関わらず、よく吟味して選んだという記憶がありません^^。何気なくモデルルームを見に行って2件目で決めちゃったのですから・・。それも、1件目のマンションの部屋の壁が何となく威圧感があり、部屋の中が息苦しい感じだったため、2件目で訪れた今のマンションが開放的に思えたというだけで即決。あとは、ど素人の私たちには太刀打ちできない売り手の口車(というほどでもないけど)に乗せられて(つまり、来週までに決めないと取られちゃうとか、カーテンとクーラーと照明は付けますよみたいな)、決めちゃったんですね~。

気に入らない点。①廊下に面した窓に格子が付いていなかった。→今のマンションは専用ポーチなどがあることが多いが、そうでない場合、いくら暑い日でも廊下側の窓は締め切っておかないと防犯上危険。我が家は、あとで自費で付けました。②洗面所・風呂場に窓がない。→我が家は角部屋ではないので仕方ないのかもしれないが、家のマンションの角部屋のお風呂も外に面していない。今作っているマンションには、角部屋じゃなくても北や南向きの窓付きお風呂があったりする。洗面所も風呂場も風通しが悪いとカビが生えやすい。③台所に窓や勝手口がない→これもカビなどが生えやすい他、天然光に比べて薄暗く、長く居たくない気分になる。④道路の音がうるさいので窓が開けられない。→それまで住んでいた実家は静かな住宅街の中だったので、夏は網戸にしてカエルの鳴く声を聞いて寝ていた。今は、夜中も街道(交通量多し)の車の音のため、真夏も締め切らないと眠れない。空気も悪い。⑤北側の部屋には一切陽が当たらない。→これにはびっくりしたのだが、天気のよい日の早朝の光が少し感じられる程度で、真昼間にも真っ暗で電気をつけなくてはいけない。結露が乾燥する条件がないため、黒カビになる。

気に入らないところばかり主張してるとわがままな嫌なやつなので、いい点も少し。①冬が暖かい。→気密性のおかげで暖房はほとんど要らない。冬に家の中で着替えて外に出ると、服を一枚着忘れたことに気づく。②蚊がほとんど来ない。→窓を開けないこともあるが、高い位置なので蚊がやってこない。蚊取りグッズはほとんど使わない。③駅に近い→まあ、立地の良さを考えなければ、マンションに住む意味がないということで。

というように、いい点は「間取り」というより「マンションのいい点」ですね~。まあ、一長一短というのはありますよね。両親だって、自分たちで設計に関わって建てたはずの家に住んでいますが、30年以上も経てばもちろん居住環境も好みも変わって、文句いっぱいですし。

とまあ、「万が一将来自分の家が持てるとしたら」という空想の中では、今の不満を解消させる間取りを考えて、また今日もチラシを見ているわけです。ちなみに今の私の第一の理想は、キッチンを南側の一番日当たりのよいところに備えること、そして、家の前の箱庭とキッチンはつながっていて、庭で犬(もえちゃん?)を放し飼いすること。----結論、私の中の大切なもの。食べることと愛犬。----そうゆうことかあ!

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不自然な記念写真

あと十日で結婚七回目の結婚記念日です。住む所も変わらず、職も大して変わらず、おまけに家族の人数も変わっていないので、7年経ったという実感がないのが実情。

7年前、初めての結婚記念日を迎えるにあたって、何か記念になるものをと思い写真を撮りに行きました。知り合いに、年賀状は必ず家族の近況が添えられた集合写真という人がいて、他人の家族とはいえ毎年の小さな変化(例えば留学先の娘が別写真とか、娘たちが結婚して家族が増えるとか)が分かって、これをずらーっと並べたら「家族の歴史」だよなあと感心したのがきっかけ。ささやかな家族の歴史がつづられていくのではないかと決心して、写真館を予約したのでした。

写真館を選ぶにあたっては、自分にはこだわりがなかったのですが、我が母の願いがそこにいきなり投入されたのでした。母はその老舗の写真館で結婚式の写真を撮りたいという希望を持っていたそうなのですが、父の母(私からしたら祖母)に反対され、泣く泣く諦めたそうな。そして、娘たち(私と妹)の成人式にはぜひ念願を果たす!と思っていたのに娘は成人式に帰って来ず^^:最後の望みをかけて娘たちの結婚式で!と思っていたのですが、これまた会場が遠くて実現せず・・。その話を小耳にはさんでいた私は、親孝行してやっかという気持ちでその写真館に予約。まあ、場所も近いしいいやぐらいの気持ちでした。

ただ眼を見張ったのはお値段。相場はどうなのか知りませんが、やはり2カットで2万円以上はします。初めは写真をつづっていくアルバムも購入したので3万以上だったでしょうか。そのうち2~3年と続けるうちにサービスで(?)3カット同料金になりましたが。つまり言い値の世界なんですよね~。はっきりいって写真の技術的な良し悪しは私には分からないので、ちょっと痛い値段というのは確か。

こうして、老けていく以外は特に変化なく5回目までは撮りました。記念写真を撮ると決めた割には私は写真が苦手で、自然に笑うことが難しく、「はい、おくさーん、笑って笑って!」と上ずった声で言われれば言われるほど、ぴくぴくと引きつり・・。1回目それで懲りて、2回目に言ったとき「笑って~と言わないで下さい。それから、カメラへの視線を外させて下さい。」とはっきり主張。2年目の写真は目がどっか向いた写真ばっかしでした(笑)

それ以外にも、やはり毎年ポーズは変えないといけないという気持ちが強いのか、アクロバット的なポーズを要求され、腹筋ぴくぴく・・など何か不自然な格好の写真が増え、その割には自然なスナップっぽい表情のものがなく、私もダンナも値段と物との釣合いも含め、少し疑問を持ち始めてしまいました。

そして、去年。私が学校に通いお金が湯水のように出て行く毎日を体験している時、とうとう深い考えもなく、写真館を予約するのを止めてしまいました。「そのお金があったら、学費に使う!」あっけない幕切れです。

5年目まで撮ったので、あとは5年毎に撮ってけばいいかと今は考えています。それに、先出した知り合いの家族は、家族が集まったときのスナップ写真を年賀状に使っていたわけで、何も高いお金かけて撮ったものでなくてもいいんですよね。そもそも私たち年賀状でその写真使ってないし・・。

というわけで、去年はちょっと高価なご飯を食べに行きました。今年は・・また報告します。

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合唱遍歴~そして今~

大学卒業後、地元に戻り同時に就職。仕事はフルタイムで休みの日も出なくてはいけないことが多かったため、東京に合唱をしに行くことは難しくなってしまいました。休日には少しでも音楽(合唱)に触れたいと、地元の2つの合唱団に入団。それぞれ、土曜と日曜の夜に練習が入りました。1つは主にルネサンスのアカペラを歌う混声、もう1つは本番でオケと歌うバッハの合唱団です。前者では全日本合唱コンクールを再び経験。行けるのは関東大会まででしたが、久しぶりにコンクールの空気を味わうこともできました。後者の団ではバッハの大曲(マタイ、ヨハネ、ロ短調など)を経験でき、またドイツへ演奏旅行へ行くこともできました。高校の時とはまた一味違った(今度はビールも飲むことができたし^^)ドイツでの演奏経験でした。

また、ダンナとの出会いがこのバッハの合唱団ででした。地方の合唱団では多いのかもしれませんが、練習会場にそれぞれ車で集まってくるために、どの合唱団でも普通練習に三々五々集まり三々五々散っていくのが常です。都会の電車網が発達しているところでは、きっと若い人が多い団ほど練習後の飲み会が充実しているのではないでしょうか。私たちが顔をつき合わせて飲んだりするのは、一年に一回の演奏会後の打ち上げの時ぐらいというのが一般的(?)です。なので、30人くらいの団になると、自分の周りの人くらいしか名前や顔も覚えられず、特にベース(ソプラノから一番遠い)の人と名前は、目立つ人以外知りませんでした・・。私とダンナは1年は一緒の団内で歌っていたはずなのですが、少なくとも私は名前も顔も覚えておらず^^:、演奏会の打ち上げでたまたま近くに座り話をしたのが初めてでした。そもそもバッハを歌う合唱団というのは、世代がばらばらなのですよね。同世代が集まっている団ならば、もう少し親睦も深めようというものですが、今から考えると少し特殊な団だったのかもしれません。

そんなこんなで、ダンナ(となる人)とそのベース仲間の人と話が盛り上がり、新しい団を作りたい!と盛り上がって出来たのが10人での声楽アンサンブルでした。メンバーは一本釣りで集めたのですが、結果として3組の夫婦を含む10名のアンサンブルになりました。特徴としては指揮者なしリーダーなし。その後アルトに入れ替えがあったものの、ほぼ変わらないメンツで今に至っています。

ここまでで、ダンナと私が一緒に関わっていない団はそれぞれあったのですが、結婚後しばらくして私がルネサンスの合唱団を辞め、ダンナも指揮を振ったいた(2人指揮者の団)に入ることになったため、3つの合唱団に一緒に出掛けるという状況に。しかし、その後バッハの合唱団を2人揃って退団しました(土曜日の夜の練習がキツかった)。

そしてしばらくして、私はこの日記でも以前書いた女声合唱団に参加することとなり、高校以後ほとんど経験していなかった女声合唱の世界を今また体験しています。

ダンナはダンナでバッハの合唱団に入る前に所属していた合唱団や職場の男声合唱団など私とかぶらない合唱団にいたこともあり、私たちは「合唱団で出来ている」と感じたダンナと私は、7年前、結婚披露宴をそれぞれの団の人たちと歌うコンサート形式に計画しました。おかげさまで、豪華な合唱祭のような披露宴になり、私たちにとっては何よりの記念になりました。

こうして私の合唱遍歴は小学校の4年生から今の今まで続いていますが、ここまで好きでやってきたのだから、きっとずっと続けていくんだろうなと思います。でも、ただ漫然と続けるのではなく、少しづつでも進歩していきたいなと思う今日この頃です。

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こちらも長い、コンタクト遍歴

私は「仕方なくメガネ党」です。近視はひどく、検査表のあのCの字が一番上までも見えません。昔はだんだん近づいていって測ってもらっていました。今ではあんな原始的な計り方はしませんよね。機械を使って浮かび出てきたのを読んでます。(あと、機械をのぞいて気球の絵を見せられるだけのってありますよね。なんで気球なんだろ。)

中学に入ってすぐにメガネになりました。両親揃って近視ですし、今では家族全員メガネです。母は、近年緑内障と白内障の手術をしたので、将来は私も・・かもしれません。中学までは何も思っていませんでしたが、さすがに高校生になると色気づき(?)コンタクトを試すようになりました。コンタクト人種が普通にいるようになった時代です。高校から大学にかけてソフト→ソフィーナ(今はあるのか知りませんが、ソフトとハードの中間という売りでした。)→ハードとすがっていきましたが、どうにもなりませんでした・・。

とにかく、入れたとたん・頭痛・奥歯を食いしばる・気持ち悪くなる・・目の中の異物を常に忘れることができず、快適とは程遠いつけ心地でした。こうして、私の目に合うものは世界中どこを探してもありゃしないんだ!とあきらめた時に出会ったのが「一日使い捨てコンタクト」です。

社会人になり、デザイン性の高いメガネも出てくるようになったし、「メガネは私の一部です~」状態になっていたので、コンタクトはまあいいかと思っていたのですが、やはり舞台の上でメガネはちとキツイ。それに、結婚式のお仕事も始めだしたので、人前に立つときにやっぱりメガネはすっきりしないなと思い、再度眼科に足を運んだのでした。そして出会った「使い捨て」。

まずは薄いということ。ほとんど破れそうな薄さで、つけてみるとまぶたにあたる感覚もない。それに、普段はメガネですから、毎日使い捨てるわけではないし、たまに使う時はいつも新鮮。何しろ、コンタクトをつけた瞬間にくる、こめかみにズキッとした痛みがこなかったのです。とはいえ、当時の使い捨ての初めに出てきたのものは外国人サイズだったらしく、眼球の大きさに合わせてカーブがゆるめでした。典型的日本人サイズの小さな目をした私には、次に登場したカーブが深めの日本人サイズがぴったり。今までの苦労からしたら万々歳のコンタクトに出会えたのでした。

もっとも、もともとドライの気のある私の目は、この目に優しいコンタクトさえもしばしば乾燥に悩まされ、やはり毎日はつけられる状態ではありません。将来近視の手術が日常的にならない限り、やはり「仕方なくメガネ党」として続くでしょう。

先週、久しぶりにコンタクト屋をおとずれ(週末くらいしか使わないので一箱で半年以上はもってしまう)、新しい使い捨てコンタクトを薦められました。私が初めて買った時から時はもう10年くらい経ち、使い捨てコンタクトも進化していたんでした。そこで、薦められたのは違うメーカーの新商品だったのですが、かなり評判のいいものだったにもかかわらず、購入後テストをつけてみて、私にとっては今までのものとつけ心地が違うことが判明。いくら進化していて売れているものでも、素材が変わると敏感に感覚が違うんですね。指に乗せてみると今までのものより形状がしっかりしている気が。破れるほどの薄い素材のものに慣れた目には、ちょっと重かったのかなあ。私の目が繊細なのか、自分が神経質過ぎるのかよく分かりませんが、結局払い戻して元のメーカーの(少しランクアップした)使い捨てコンタクトに逆戻りしたのでした^^:

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洗濯機とのお付き合い方法

梅雨のような雨模様の日が続いています。GWが終わった頃からなので、春が早く終わってしまったみたいで何だか悔しい。陽がない分気温も上がらず、未だにババシャツとおさらばできません・・^^。

去年、特に壊れたわけではなかったのですが、洗濯機を買い替えました。ドラム式の洗濯乾燥機。これが家に来たその日から一度も、洗濯物を屋外に干したことがありません。ということは、ベランダにも半年くらい出てないなあ^^:いや~世の中便利になりましたよね。実はお風呂場は乾燥機能がついていて、雨の日はお風呂場に干し、それなりに便利な思いをしてはいました。考えてみれば、大学時代、女の子の一人暮らしですから、それなりに冷蔵庫や洗濯機や掃除機など電化製品を揃えて持っていましたが、それでも2槽式の洗濯機をベランダにおいて使っていたんですよね。冬はつべたかった~。就職してまず安い全自動洗濯機を買いました。この洗濯機は途中使わない時期があったこともあり、結婚後去年まで家で働いてくれていたのです。そして去年、家でのお役目を終え、実家のワンコの専用洗濯機に格下げ^^:っと思っていたら、今年に入り実家の全自動洗濯機がいきなり壊れ、今は実家の人間用洗濯機にまたまた格上げ?になったのでした。というわけで、なかなか長生きの洗濯機に恵まれてはいたものの、いまや実家よりも先に乾燥機付きを使っています。

本当いうと、今私が住んでいるマンションは比較的乾燥しているし、お風呂にも乾燥機が常備されていて平気なのですが、実家のような一軒家は洗濯物が乾きづらい。陽があたれば風通りもいいのでカラカラと乾きますが、じめじめの季節は何日間も家の中に服がぶら下がっています。実家のような家にこそ乾燥機って欲しいアイテムじゃないでしょうか。

我が家のお風呂の乾燥機も大量の洗濯物を隅々まで乾かすのは大変。というわけで、特に乾燥機は大助かりです。我が家流の洗濯方法は、まずたまったものはすべて放り込んで、「スピーディ」モード(普通の洗濯ではこれしか使ったことないです。脱水までが約32分。)で脱水まで終わらせます。ピーっと終わったら、いったんすべてをカゴにあけ、上着(カッターシャツやブラウスなどいわゆる洋服)とズボン類とハンカチを残し、他をすべて戻します。下着やパジャマ、靴下、タオル、シーツなどは、乾燥機で乾かします。量が多かったり、終わってから取り出すまでに時間がかかると乾燥機で仕上げたものはシワシワになってしまいますが、気を付ければふわふわに仕上がります。乾燥機にかけないもの、つまりしわになったり、伸びたり縮んだりしたくないものは、家の中の日当たりのいい部屋に干します。ハンカチは意外と乾燥機には向きません。

おしゃれ着洗いも今はお家!でというCMも増えてきました。私はセーターなどもわりとまめに洗いたくなっちゃう方なので、このおしゃれ着洗いも気軽に出来るのは嬉しいですね。モードは「ドライ」を使い(といっても濡らして洗うんだけど)洗剤はおしゃれ着用の液体洗剤にします。そして、用心のため乾燥機はかけずに室内干しへ。この乾燥機つき洗濯機を買った当初、柔軟剤に目覚め、フランス製のソフナーを気に入って買いました。ダニを防止する役目もしてくれるそうなので、シーツやおしゃれ着にはこのソフナーを、お高いので普段は国産のソ○ランなどを使っています。

洗濯環境が良くなり、夜中でも洗濯して乾燥までできちゃうため、暇さえあれば洗うものを見つけて洗濯機を動かしています。電気代が・・。あと、落とし穴が。洗濯乾燥という機能があり、これは止まらずに洗濯から乾燥仕上がりまでいくのですが、これって最後まで上手くいったことがない^^:途中で何かとエラーが起きます。洗濯物が偏ってるとかで。ある時、旅行の前の日で旅行に持っていきたいものを夜中に洗濯機に入れ、「朝までには乾燥してくれるんだから、明日持っていける♪」と思っていたのに、朝見てみると、すごい早い段階で(洗いの途中。始まって数分のところで。)エラーで止まっていて、寝場所と離れているためにブザーも聞こえず、びちょびちょのままだった時はツラかったです・・。とにかく、こつは「スピーディ」洗いで32分はガマンして近くにいること(寝ないこと)。その後、分別して乾燥させれば上手くいきます。いろいろ機能が付いているけど、我が家流はこの1つかな。

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合唱遍歴~古楽に出会う~

大学を飛び出し入団した合唱団には、実にいろんな人たちがいました。学生と先生の世界だけにいた私には新鮮で、とても緊張を覚える場所でした。この方たちとどのように付き合っていけばいいのだろう?公務員、教員、出版会社の方、外資系の方、よくわかりませんが様々な大人の方、しかも趣味を古楽合唱にしているユニークな方々の集まりでした。声楽を専門に学んでいた私は、多少重宝がられたのかもしれませんが、今までの私の知識では追いつかない世界がそこにありました。

まず、驚いたのは、音は音符で終わらないということ。音楽をフレーズで捉えることを、何と初めて音大の外で学んだんです!オタマジャクシだけに注目して歌ってきた私にはすごい新鮮な音楽!メッサディヴォーチェというものも初めて知りました。このうねるようなフレーズ感は合唱の中で歌っていてもとても気持ちがよくて、帰りの電車の中で当時一緒に通っていた友達と、サヴァールのCDを方耳づつで聴きながら大声で真似していたら、怖いおばちゃんに「あんたたちっ、ウルサイよ!!」と怒られたこともありました^^:

もっと早く入団していればよかったのですが、1年と半分くらいで卒業を迎えてしまいました。地元に帰ることが決まっていた私は大学のサークルだけでなく、この合唱団にも通えなくなることが残念でなりませんでした。私に続いてその合唱団に入っていた東京在住の仲間たちがうらやましかったな。

その後、その合唱団のカリスマ指導者のもと5人の声楽アンサンブルに入れていただき、2年くらい活動しました。浜松から通うのは大変だったですが、歌える人たちの中で歌うことが何より楽しかったし、そこで出会ったモンテヴェルディのマドリガーレの世界は後々まで私の中で燻り続けたのでした。

残念ながら、そのアンサンブルも自然消滅してしまい、東京の古楽仲間との縁も今ではなくなってしまっています。大学卒業後、東京に残るという地方出身者も数多くいる中で、私はなぜか東京に住み続けることは当時1かけらも考えませんでした。当然のように郷里に戻り職に就きました。今思えば、あの時東京に残る選択をしていたら・・また違った人生になっていたでしょう。

でも、社会人になって帰ってきた私は、仕事の傍ら合唱だけは続けようという思いで、まずは2つの団に入団しました。ルネサンス専門のアカペラ合唱団とバッハ専門の合唱団です。・・つづく

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合唱遍歴~大学編~

某私立音楽大学の声楽科に進学した私は、「大学に入っても合唱を!」という想いからすぐにある合唱団にアプローチしました。それはなぜか大学内の合唱団ではなく、某工業大学の混声合唱団です。理由はというとただひとつ。その団はコンクールの全国大会の常連だったから^^:高校時代にコンクールの味を覚えた私は、その刺激のない合唱団には全然入る気を起こさなかったんですねえ。今考えれば「毒されとるな~。」っていう感じ。

ただ、私の住む東京郊外からは練習場所が遠かった。3本電車を乗り継いで通っていました。多分にもれず、大学のサークルですから週に2~3回は練習なり集まりがあり、特に平日の練習は通うのに疲れました。その大学のキャンパスの近くにたまたま伯母が住んでいたので、お泊りセット持参で練習に通っていました。今から考えれば、他の大学の人たちとつきあうことや200人もの大所帯の中で切磋琢磨する経験もやってよかったなと思います。念願の全国大会にも出場できましたし。特にびっくりしたのは、合唱団の総会。理数系の頭を持つ人たちの会合って。。。@@当たり前だけど感情論は全然なし。その後自分の大学のサークルに入って話し合い(ってもんではないけど)と比べたら!以来あんな会には遭遇していないな。

1年半頑張って通いましたが退部。理由は色々ありましたが、2年生になってサークルの中でも立場が忙しくなるのになかなか通えなくなったのが大きかったかな。それと自分の大学の中で色々な企画(ミュージカルとか)に参加するうちにそれが楽しくなったということもあります。企画ものの中で学年や学科を超えて色んな人たちと付き合ううちに、自分の大学内の合唱サークルに誘われ、そして入部することになりました。そのサークルに結局卒業まで骨を埋めることになりました。

そこで出会ったのが少人数ということとアカペラというスタイル。学校の中には声楽科しか入部できない合唱団というのもあったのですが、私の入った合唱団はむしろ歌科よりも他の科の人たちの多い団でした。それだけに変に癖のない発声を使ってルネサンスものやアカペラ曲を多く歌っていたのでした。年に一回の定期演奏会の他には学内の発表会や慰問演奏などが主な活動でしたが、合宿や学祭の模擬店などイベントも楽しみました。もともと音楽をやっている人たちなので練習も効率的だし話も合うし、少人数混声合唱の楽しさをここで知った意味は大きいです。その指導に当たっていた先生(教授)が今年の3月で退官されたそうで、サークルとしては一時代が終わったところなのではないでしょうか。

4年生になる頃、それまで副科で履修していたリコーダーでの繋がりや、ある先生の音楽史の授業などで影響を受けた関係で、「古楽」というものに興味を持ち始めた私は、学外のいわゆる一般合唱団に顔を出すようになりました。一般合唱団といっても指揮にあたっている人が古楽器のスペシャリストで、ルネサンスから初期バロックのレパートリーを演奏する団体でした。そこでモンテヴェルディのヴェスプロ(聖母マリアの夕べの祈り)に出会い、「こんなに美しい音楽があるんだ~。」と超感動。その指導者の下、古楽の世界に足を踏み入れたのでした・・・。

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合唱遍歴~高校編~

合唱遍歴の続きを・・。高校進学にあたって、当初の志望校は共学の高校でした。もうこれは当然っという感じで、はなから女子高は考えていませんでした。ところが志望校にしていた共学高校は常に合格圏内というわけではなく、その状態が中3の初めまで続いていたのでした。中3になり、学校が分離して落ち着いた時期に、担任からこんな話を聞きました。「○○高校(女子高)の合唱部は、2年に一回外国に演奏旅行に行くらしいぞ。」・・・「合唱」「外国(当時洋楽にハマっていた)」の言葉に魅力を感じた私は、すぐに志望校を変更。当初の志望校の偏差値1つランク下の女子高だったので、安全パイも狙ってその女子高(公立)を受けたのでした。そして、当然合唱部へ。

進学した高校の合唱部は地元では有名で、部員数は約100名。コンクールにも積極的に参加している部活でした。当時の部活としてはご多分に漏れず、上下関係の厳しい体育系のノリの部活。しかも女子ばかりといえば、どんなか想像がつくでしょう。1年生の時はホントに泣かされました(Т_Т)。しかし、コンクールなどで日本各地をあちこちに遠征でき、また厳しいながらもできる限りの演奏を目指している時間は楽しいものでもありました。そして、2年生の終わりには念願の海外演奏旅行。3年生が引退して、私たちが中心になってウィーンやドイツなどで演奏をしました。クリスマスやお正月の時期と重なって、とても印象深い旅行でした。初めての海外で演奏までできたことは、すごくラッキーだったと思います。

そして、高校最後の3年生のコンクールでは前の年のリベンジで全国大会への出場権を得ました。今でも思い出すのが、関東大会の帰り道、途中に寄ったサービスエリアで先生がコンクールの結果を電話で聞きました。「金賞!代表!」夜のサービスエリアに黄色い歓声がこだましたのは言うまでもありませんが、実を言うと私の心中はものすごい複雑でした。「どうしよう・・・。」高校に入ったと同時に習い始めた声楽を、結局大学でも続けようと受験を考えていた私でしたが、何と全国大会のその日が音大の受験日(推薦)だったからです。高校最後の全国大会、しかもソプラノのパートリーダーとして絶対に出たい・・。バスの中でみんなが興奮している中、私は一人落ち込んでいたのでした。

その年の全国大会の会場は札幌(よりにもよって)。札幌で歌ったら即効で東京に行って受験・・・など色々考えましたが、結局は断念。自分の将来の行く先の方を取ったのでした。そのずっと後に、母が告白したのですが、そのときの私の落ち込みようは相当だったらしく、母は合唱部の顧問にどうしようかと相談したそうです。まあ、最後の舞台には乗れませんでしたが、部活動に明け暮れた高校生活は、今となったらかけがえのない思い出です。あの濃い時間を共有したソプラノの仲間(同級生たち)とは、やはり今でも切っても切れない縁を感じますし。

私はそれから大学へ行ってまた合唱漬けの日々を過ごし、また地元に戻ってからもなぜか合唱とは離れられない生活を送っていますが、残念なのは高校の時にあれだけ歌っていた人たちが大人になって続けていないことです。大学から始めた人は割とその後の人生でも合唱に関わる人が多いのですが、よく言われるのが高校の時に私たちみたいな経験をした人たちに多い「燃え尽き症候群」。実際は合唱に燃え尽きたわけではなく、激しい部活動のノリに燃え尽きてしまったというのが正しいですけど。高校の時のレパートリーは合唱のほんの1部分だし、何よりもすべて先生の言いなりに音楽を作っていたわけで、本当の合唱の楽しさはまだまだたくさんあるんだよ~と私は言いたい。

少し前に、朝の情報番組で「合唱にハマる人たち」と題して合唱をしている社会人をレポートしていたけれど、趣味のひとつとして合唱を選ぶ人がいるというだけで、別に合唱人口が増えているというわけではなかった。部活として合唱をやるのと、大人が合唱をやるのでは、世間一般的に印象が違うのかなあ。それで敬遠してしまうのかなあ・・なんて思います。

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2006年の4月14日はこんな日でした。

合唱の本番が昨日終わりました。私が高校の時以来唯一関わっている「女声」合唱団の演奏会です。大学で混声合唱を初めて以来、もう混声以外はやらないだろうなあと思っていたにもかかわらず、数年前から縁あって関わるようになった団体で、先週書いたようにここ最近でやっと団員の自覚を持てるようになった合唱団です^^:

昨日のコンサートは楽器店のいわゆる新築披露コンサートシリーズの一つに混ぜてもらって、それでも単独のコンサートとして行いました。話を頂いて約3ヶ月。3部構成ですが、真ん中はソロのステージにしたので合唱は2ステージ分でした。曲目を決めた後に新しい指揮者に指揮を依頼。それでも快く引き受けて下さって、4回の練習でやれる限りの指導を付けてくださいました。私たちにとっては初めてになる日本の民謡(編曲版)に取り組んだことが、今回のコンサートの一番大きいポイントになりました。結果としては私たちにとっては民謡の独特なリズム感と少人数でのアカペラ合唱に振り回され、課題の残る演奏になりましたが、指揮者の日本語に対する真摯な態度に感銘を受け、歌うことがますます楽しくなったというのが率直な感想です。聴いている人にはかなりキツかったようですが・・^^:

それは、今回のホールにせいもあったと負け惜しみをしておきましょう・・。「クラシック専用」とうたったホールだったのですが、そもそもの空間が狭く、奥行きもなく、舞台の背面は何とガラス張りなのでカーテンが(一応音響カーテン?といわれたのですが)引いてあり、残響がなく、歌う方も聴く方も疲れるホールと言えるのではないでしょうか。もちろんどんな所でも聴かせるように歌えなくては駄目なのですが、やはりいいホールであれば助けられる部分は多いですしね。秋には響きのいいホールでコンサートの予定なので、それまでにはもっと腕も上げていたいと思っています。

2部のソロステージでは私も一曲歌わせていただきました。ヨハンシュトラウスの「春の声」。音楽的にはいつ聴いてもいいとは思うのですが、やはり今の季節にもってこいの題名ですよね。もっと気持ちの良い春の雰囲気を表現したかったのですが、思わず冬に逆戻りかけたところもありました- -:本番というのは怖いものです・・・。5月にあと2度ほどこの曲を歌う機会がある(ぎりぎり「春」でセーフか?)ので、ぜひリベンジ!と思っています。

偶然にも昨日は指揮者の先生の30回目(若ーい)のお誕生日でした。団員のアイデアで「打ち上げでハッピーバースデーをハモろう。」と極秘で計画。言い出しっぺの彼女が編曲をしたものをこっそり配っておいて、時間がなかったので「各自で音とってきて下さーい。」としたのですが、ぶっつけで大丈夫なのか不安。しかしその心配をよそに本番は美しく3部でハモリましたよ。「やればできるじゃーん!」て感じでした。聞けば楽屋で(私は違う場所にいたので知らなかったのですが)最後まで練習していたのはこの「ハッピーバースデー」だったとか。結局、こうゆう余興に一番力入れちゃうんですよね~。まあ、歌の原点は「誰かを喜ばしたい。」という純粋な気持ちにあるのかもしれないですしね。先生は喜んで下さったし、私たちもうれしかった。打ち上げでは次回の曲目など具体的に出てきたりして、これからが楽しみになったそんな一日でした。

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かれこれ24年前から・・好きでした。

「合唱好き」と書いたところで、私の合唱遍歴を綴りたいと思います^^:

初合唱体験は小学校の部活動。そこが私の原点でしょうねえ。4年生から3年間、部活メインの小学生生活でした。私が在籍していた時期、合唱部としても活発的だった時期で、NHKやSBS(ローカル)のコンクールに出場して賞を取ったり、小学生としては結構あちこちに歌いに行っていた記憶があります。練習の記憶としては、音楽室と準備室に3つに分かれて、私みたいに(○○ハ音楽教室に通っている子が大勢居た)多少鍵盤の弾ける子が中心になって、ちゃんと毎日パート練習をして、その後先生と合わせをしていました。先生も厳しく、子供相手の指導じゃない感じだったのも覚えています。でも考えてみればその時の先生は今の私くらいの年齢だったのかなあ^^:キツイ感じの先生だったけれど、そののち結婚できて(先生ごめんなさい>0<)まるくなったと風の噂で聞きました・・。

当然のように中学でも合唱を!と意気込んでいたのですが、私の学区の中学にはたまたま合唱部がなく、その代わり吹奏楽と並んで「リコーダーアンサンブル部」という部活がありました。ちょっと変わり者の私は^^この「リコーダーアンサンブル部」入りました。基本的には入部した時にソプラノかアルトかテナーかバスリコーダーかを決めます。テナーとバスは学校から貸与。私は3年間テナーパートを受け持ちました。普段の活動では、パートに分かれて練習して、後で合奏練習をします。全員で20人ちょっとは居たのでちょっとしたリコーダーオケを楽しめました。考えてみれば、合唱もリコーダーオケも同種楽器のホールコンソート。高低差のある同種音色のアンサンブルというのが私の好みなのかなあとふと思いました。   その他、一年に一回「リコーダーコンテスト」という学外のコンクールがあり、その時期は4~5人でチームを組んで曲を決めてコンクールに出場します。3年生の時は同級生5人でチームを組んで地方大会を突破し、全国大会に出場することが出来ました。乗り慣れない新幹線に乗って東京に行き、武蔵野音楽大学のホールで吹いたことを思い出します。実を言うと私の入学した中学校はマンモス校で、3年に上がるときに2つに分離しました。私は新設校に移ったわけですが、その時何と新しい中学に合唱部が出来たんです。でも、私は3年生で部活動の中心でしたし、今更1年間だけ部活を変えることなど考えられず、中学の3年間はリコーダー漬けの生活を送ったのでした。その後、音大に進学して副科や選択科目でリコーダーを履修したのも、すべてこの中学時代があったからなのでした。

そして、高校・・・。次回へ続く^^。

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フレッシュな春~コンサート~

合唱が好きで、大学を出て地元に戻ってきてからも延べにして5つの合唱団で歌ってきました。地方都市において5つの合唱団に関わっていたというのは、地元の合唱団員の半分くらいとお知り合いになれたと言っても過言ではないかもしれませんね^^:厳密に言うとダンナとの出会いもある合唱団でですし、結婚式の披露宴(パーティ)は小さな合唱祭だったという楽しみもありました。

今現在は3つの合唱団に関わっています。合唱団というほどでもない小アンサンブルグループもありますが、今まで一介の合唱団員として合唱を楽しんできたわけです。ところが、ある一つの団体ではスタッフという役職を頂いてしまいました。

その合唱団はもともと組織がはっきりと区別されていて、まずは事務局(演奏には関わらない)、指揮者、そして演奏者(合唱団とオケと弦楽合奏団)というトライアングルで活動を続けてきていました。私は途中参加ということもあり、あとあとまで組織の仕組みがよくわかっていなかったのですが、とにかく事務局があるおかげでもろもろの雑務(楽譜の手配やコンサートの運営、宣伝など)から無縁でいられた反面、指揮者との距離が遠い、つまりまるで他人事のようにコンサートの一切が進んでいくという感が否めませんでした。出演するコンサートをはじめ曲目もいつのまにかに決まっていて、挙句の果てには一緒に歌っている人の名前も知らない(そんなに多い人数でもないのに)ということまであって、「この合唱団の団員です!」という自覚がいまいち持てなかったのです。

ところが、今までの指揮者がお仕事の都合で遠くに行くことになり、合唱団の今後を話し合った結果、団員が共通して抱いていた上記のような想いを踏まえた上で、もっと私たちが積極的に団に関わるやり方に、少し方向転換をしたのでした。まずは、何といっても指揮者がいないと・・ということで、ある指揮者の指導場所まで見学に行き、話を聞いて頂き、コンサートの指揮のお願いを取り付けました(値段交渉などは事務局がやってくれます)。今までの指揮者と違い遠距離の指揮依頼なので、毎回の練習には指揮者が入りません。そのため、パートリーダー(居るのが普通ですが、今まではしっかり作ってこなかった)を決め、合同の合わせ以外にもパート練習の場も作り、メンバー同士の親睦も図るようにしています。もちろん選曲も団員で行い、今までとは違った方向のレパートリーも増えつつあります。何よりも、仲間同士で合唱団の運営面から技術面までの話を、自分たちのこととして熱く語り合うことができるようになり、忙しくなっただけでなくとても楽しくなってきました。私自身としては、総括として指揮者の居ない時の練習の進行役になってしまったのですが、多少なりとも指揮者目線で曲を見てコメントすることが増え、歌うだけでない合唱の楽しさを感じつつあります。

この(新生)女声合唱団の(ある意味ファースト)コンサートが一週間後にあります。今からとても楽しみ。状況は時代とともにどんどん変わっていくと思いますが、いつまでもこんな気持ちでやっていけたらいいのになと思います。浜松近郊の方、ぜひお聴き下さい!といっても、あまり広い場所でのコンサートではないので、チケットはもう完売なのでした・・。秋にコンサートを開きますので、ぜひそちらにおこし下さい!!

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私流さくらの楽しみ方

桜、見ごろを迎えているようです。桜は見ようと計画して見に行ったり、いわゆる名所というところへ出かけていくと案外「こんなもんか~。」と感じることが多い気がします。桜はやはり曇りや雨の日よりも、うららかに晴れたのどかな日に見ると「春だね~。」と気分が良くなります。なので、「週末の○○時に、△△に集合ね!」という計画花見だと必ずしもベストシチュエーションというわけにはいかないのです。地べたにシートひいて見る花見って寒かった記憶しかないですし。

私の実家のすぐそばの小さな川沿いの桜並木も7~8分咲きになりました。ここの並木は200~300mくらいにわたって続いていて、満開のときは特に華やか。私はひそかに「隠れた名所」だと思っています。まず、人が少ない。町の自治会がこの時期ちょーちんをつけて、週末に「桜祭り」として少し催しを開いたりして、多少花見客が増えたりしますが、まずもって平日の昼間は桜を独占した気分になれます。ここは、我が家のもえ嬢(ビーグル)との散歩コースでもありますから、この時期は単調な散歩に楽しみが増えるわけです。とはいっても、犬は桜が咲いていても関係ないですから、せっかく私が足を止めて桜のトンネルをゆっくりと楽しみたくても、待ってはくれませんが。

満開の桜はため息級の美しさですが、桜の花吹雪の中を歩くのも好きです。春の風がそよそよ吹き、可憐な花びらが舞う中を歩くと、紅白歌合戦に出場している歌手みたいな気分(?)になれます。まあ、そんな機会もタイミングがあえば一回あるかないか。今年は忙しいので、桜吹雪の散歩おろか立ち止まって桜を見る時間もないかもしれません・・・。

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寝不足なのは...

家のテレビ&録画の環境はというと、テレビはNHKと民放それにBS1と2までと一般的な家庭並というところでしょうか。集合住宅なのでケーブルテレビも来てはいるのですが、契約していない状態。一方実家ではケーブルテレビが見られるのですが、両親はほとんど活用していない様子です。昼間は何かと忙しくテレビを見ている暇はないし、便利で楽しいけれどリモコンが複雑だったりして、若者でなければなかなか使いこなせないというのが現実。もしも、自分の家にケーブルテレビ&有料チャンネルなどがあれば、私なら色々録画したい!と思ったりしますが、やはり活用度と料金を天秤にかけて今は契約しないでいます。

録画の方はというと、少し前までダンナの持ち物のHi8(ハイエイト)というマニアックなデッキもありましたが、今ではそれもVHSも壊れ、もっぱらDVDレコーダーです。番組表から選んでHDに録画し、残すものはDVD-Rへダビング。私のこだわりはなるべくCMを入れないということなので、A-B消去という機能を使ってCMを消すのに結構命をかけてます^^:いつか、機械がCMを録画しないというモードができればいいなあと思っていますが、今のところはセコセコと自分でやらなければいけません。

さて、そうやって編集したものをDVDに焼き、ズラーッと並べただけで満足。。という方もいると思いますが、私は繰り返し同じものを見倒す派です。特に気に入ったもの(ドラマだったり映画だったり、特番だったり)はヘビーローテーションです。これはVHS時代からそうで、十代後半は外国ドラマにはまり(たいがい米物)、一話残らず録画し保存版にしてセリフを覚えてしまうまで何度も見たものでした。今ももちろん部屋に山になって残っているのですが、その割には3倍速で録っていたりして、画像が悪すぎて目が疲れてしまうほど。DVDの画質に慣れたからかもしれません。

ここからが今日の本題なのですが^^:、最近のDVD録画のほとんどは「韓国ドラマ」。そう、私も韓国ドラマにはまっている一人です。NHKの放送から始まり、民放に飛び火し、そして今ではケーブルテレビで流れまくってる(この点でケーブルは欲しいなあ!)韓国ドラマ。連続物がほとんどなので、HDにすべて録画し、CMをすべて消して、DVDにすべてダビングする...これは手間がかかりますが好きだから平気です。ただ、自分の好きな俳優の出ているもの以外は、忙しさにかまけてなかなかリアルタイムに見れず、中にはDVDを作って一年後にやっと見出すというものも結構あります。でも、そこは韓国ドラマですから、続きが気になる一週間飛び飛びで見るより、まとめて見ることができるのはうれしい。ついつい止まらなくなりますけど。それで、遅ればせながら(すごい遅れだけど)今やっと「ホテリアー」見てます^^:ペ・ヨンジュンがあまり好きではないため後手後手に(?)回っていたドラマでしたが、はまりました!!何にか。ぺさんではなく、キム・スンウさんに!!!毎回誰かにはまりますが、今回は結構リアルにキム・スンウさんにきてます。夢にもご登場頂きました。私より若手の方も多い中、3歳年上というのもぴったり。彼の出演のドラマや映画は待っていてもすぐにはTVでやらないかもしれないから、DVD買っちゃおうっかなあと迷っているところです。

うちのダンナなどは、韓国ドラマを鼻で笑い、なぜ好きではないのか冷静に分析をして語ってきますが、いいじゃないの!どんなにあり得ない展開があっても、好きな人たちは思いっきり入り込んで泣いたり感動したり楽しいひとときを過ごしているんだからさ。心ふるわせて泣いたりすることはないよりあった方がいいと思うし。

というわけで、少し下火になってきた感もある韓国ドラマなので、NHKも民放もまだまだ頑張って放送して欲しいなと思ってる今日この頃でした。

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雨の門出

この頃の天候は暖かかったり寒かったりおかしいですが、昨日の快晴から一転、今日は一日中雨模様の悪い日でした。そんな天候の中、修了式に行ってきました。この日のために一応ワンピースを買ったのですが、結構ぺらぺらした薄いものだったので、急遽変更。寒さを考えて、結局家にあるお古のワンピースを着ていきました。寒さ的には正解でしたが、せっかく買ったのに・・。3月の天気は本当に分からないですね。

学部の卒業生はもちろんのこと、院の修了生も袴や着物が多く華やかでした。晴れていたらもっと満喫できたでしょうね。最近の地方の私立大はおおむね同じ状況なのでしょうが、学生の数が少ないです。卒業する学部生が全学科で100名ほど。修了生を合わせても約130名の小さな卒業式といったところでした。少人数の方がアットホームな式で良かったですが。式の後、在校生たちによるパーティが行われ、お世話になった先生たちとお話しながらひと時を過ごしました。私は、すでに社会人になってしばらく経つので、明日からの生活もそんなに変化もなく、卒業の感慨も薄いのですが、4年間や6年間大学で過ごし、いざ社会に出て行く若い卒業生たちは、今日という日の感慨は深いものだったと思います。小学校(あるいはその前からか)から続いてきた学生生活もこれで終わり。これからの人生に期待半分、不安半分でしょう。

式の後、図書館へ。大学の図書館は今年新しく生まれ変わり、とても居心地良くなりました。竣工中の閉館が長く、今年度在校していた私たちは少し損をした気がしましたが、秋のオープン以降、私にとって一番好きな場所になった図書館。これからも卒業生として利用したいと思っています。

図書館の館長さん(女性)は、私が他大学出身だと知って、図書館の使い方をとても丁寧に教えてくれ、会うと声を掛けてくれる優しい方でした。今日も私が図書館へ行くと、お祝いの言葉とともに、卒業後の図書館の使い方を教えてくれました。大学の職員の平均年齢は結構若く、おそらく母校の卒業生が多い気がします。大学を卒業しそのまま母校へ勤務ということは外の世界を見ていないということ。大学の職員というのは、特に私大では立派なサービス業だと思います。が、学生の延長のような方々が多く、学生をお客様ととらえて仕事ができてる人は少ないなと感じます。私のような見方をする学生はあまりいないとは思いますが、在学中、大学に対して一番感じたことです。

ともかく、熱心に教授してくれた先生たち、図書館長さんのような自然な優しさで接してくれた方たち、それから何より年増の私を暖かく迎えてくれ、2年間苦楽を共にした声楽専攻の3人の同級生たちに感謝した一日でした。

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演奏会雑記

演奏会終わりました~。今回の演奏会は演奏時間自体も長く、またリハーサルから本番までの待ち時間が長かった(6時間!)ので、疲れました=3

問題のパニエは今日も暴れん坊でした^^:結局裾から出てしまうので、安全ピンで裾上げして出ざるおえませんでした。楽屋は大部屋でしたので、他の出演者のドレスも近くで見せていただきましたが、今はクリームや白、薄緑や薄ピンクが映える季節かな。皆さん、とてもかわいらしく着こなしていました。

本来の演奏の方ですが。。リハーサルに自分の先生が声楽家の奥様とともにいらして、ダメ出しをして下さったので、リハから一生懸命歌い過ぎてしまいました。よくあることですが、リハではホールにほとんど人がいないのでとても響くのですが、今日のようなもともとよく響くホールであっても、本番で人がある程度入ると、音が吸われて響きが変わってしまいます。今日は、多少のどが疲れていたことがあって、響きの変化がとてもこたえました。本番というのは、自分で納得できるほど練習をしていて自信が持てている状態で、体の調子がいいときには、とても楽しいものです。少しでも自信がなかったり、心配があったり、調子の悪い部分があったりすれば、たちまち楽しみが嫌な緊張に変わります。難しいものです・・。

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ドレスの中は・・?

明日は本番・・。2年間通った大学院の修了演奏会です。明日は修了判定試験のプログラムをそのまま歌います。試験はほとんど人のいない(試験官以外は)学校の会場で、はっきり言って点数を付けられるという嫌な緊張感の中でしたが、明日は響きの良いホールですし、おもいっきり歌いたいと思います。歌いきれるかが一番心配ですけど(約30分間)。

さて、演奏会で女子というと衣装、つまりドレスというのが色々と大変です。ここ何年もドレスとはあまりに無縁な生活を送ってきていたのに、この2年間はにわかにドレス屋に足を運ぶ必要にかられ、ローン生活まで送っていました^^:ドレスって高いんですよね~。あと髪のセット。今の若い方たちは個性的でかわいい髪形できめてきますね。ちゃんと美容院にも行って。普段から雑誌なども見て研究しているのでしょうか。私は雑誌を一切見ないので、アイデアさえ浮かびません。そして、ケチなので美容院にも行く気になれませんし。なので、いつもポニーテールのように上でまとめて、何か飾りを付けて出来上がり!

ドレス。この中はどうなっているのか・・。知りたい人はいませんか~?。。。いなくても色々と大変なドレスの中事情をちょっと公開。まず、パニエ。これは持ち運びが大変です。うまく折りたたむことさえ至難の業です。パニエは履いてウエストの所で留めておくわけですが、上にかぶさるドレスの長さによって、下からパニエがのぞいてしまう・・という時は本当に困ります。ウエストの部分を折り曲げたりするしかないのですが、パニエ自体にある程度重さがあるのであまり意味がなかったりします。こうなると舞台に出ている間中気になって仕方がありません。ドレスのデザインが肩や袖のあるデザインなら、いっそサスペンダーが便利かも^^:。  今回着るのもそうなのですが、ショルダーオフのドレスというのがあります。これは肩、腕が丸出しなので、下着が大変になります。パット付きのドレスなら一番楽なのですが、そうでない場合ストラップのない下着を着なくてはいけません。私の様な凹凸のない体型には、ドレスと下着を支える力が必要となり、舞台上で胴体の力が抜けない羽目になります。  つまりドレスというのは、普段着に比べて嵩が増え、重さも増えるので重力の影響をもろに受けるんですよね。すその広がったドレスは、舞台上で見る者に安定感を与えてくれるし、着ている側にも臨場感を与えてくれるものではありますが、粗相が丸見えになってしまうという心配も手伝い、疲れるものであります。実際、ドレスを着た本番の次の日は、軽い筋肉痛になることもしばしば。

さて、もう今日になってしまいましたが、ドレスの粗相もなく、無事に演奏できればと思います。

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お財布事情

私のお財布は普通の折りたたみの財布ですが、入れ方にちょっと決まりがあります。本来のお札入れには自分のお小遣い。そして、がま口の方の一区切りには折ったお札が入っています。これが、家計費。家庭の事情をバラしてしまいますが、いわゆる家計費はダンナの給料日に決まった金額を私が受け取り、それを計画的に?使うということにしています。がま口にはあと2つの区切りがあって、1つにはお小遣いの小銭、もう1つは家計費の小銭と分けて入れています。まあ、この辺は1円2円の単位(あるいはもっとか?)で流用可としていますが。

家計費を4つに分け、封筒に小分けし、約一週間で1封筒分使ってよしとする。というやり方ですが、こういうやり方にしている主婦は多いのではないでしょうか?以前、知り合いで家計費を一ヶ月に30万円以上も旦那さんから渡されていて、それでも給料日前にはお米しか食べるものがなくなって、実際夕ご飯はご飯だけ・・と言う経済観念の薄い人がいました。はっきり言って、その金額からしたら4分の1くらいでやっている私は自分で「天才か!」と思ってしまいました(まあ、普通ですね^^:)。早速この封筒法を伝授しましたが、今でも続いているのでしょうか?

昔から性格なのか血液型のせいなのか、「計画的」ということは私の中で結構重要なポイントです。実行したかはともかく、テスト前の「学習計画」というのも立てるだけは張り切って表にしてましたし、今でも仕事などで「今日中に済ますこと!」というのがいくつかあったとしたら、いかに効率的にそこそこの出来で、もれなく終わらせるかということを重要視してしまいます。計画通りに終わらせた時の達成感は、つかの間人生がばら色に輝く位の勢いです^^:。一方で計画が思ったとおりにいかなかった、予想外のハプニングがあった、邪魔された、、、といった事は非常に不快に働きます。「今日はあの店で中華ランチだ!」と意気込んで行ったのに定休日、「おなかはすでに中華モードなのに~キー!」という事態は、私にとってかなりのショッキングな出来事。今では、そんなことがないように出かける前には、今日の行き先が入れないということがないか、必ずネットdeチェックです。

まあともかく、柔軟で臨機応変に気持ちも入れ替えられる人間になりたいとは思っているのですが、お金の使い方にはやはり計画性はあったほうがいいですよねえ。その辺はダンナにも感謝いただきたいと思っているのですが。ただ、もう1つ変なこだわりがあって、例えば家計費が足りなくなったとしたら、ダンナいわく「なくなったら足してあげるから。」と言うのですが、それがなんか嫌。つまり、何か大きな出費があった時「家計費で出しといて。」と言われても、そしたら絶対最後に家計費が足りなくなるのが分かっていたら、いくら後でお金をくれても立て替えるのも嫌と感じてしまいます。いつものもらっている金額内でやりきった!という自分が多分大切なんでしょうね。ここら辺、分かる人と分からない人が分かれるだろうな~。前借りも基本的にはできるだけしたくないですね。

こんな風なので、家族の中では「どケチ」で通っている私。まあいいですよ。使うときはでっかく使いますからね!!

2月というのはいい月で、毎年2月だけは1番目の封筒の中身を使いきる前に必ず3月に入ります。そう、基本的に28日までしかないからです。ここで常にマイナスぎみに進んでいた家計費に余裕が生まれます。いやー、2月~3月は小さな幸せを感じる月だなあ。←というかみみっちい性格だなあ(涙)

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一年の1/4、戦ってます。

この時期、挨拶代わりにもなっている花粉話。私もこのさわやかな季節を思いっきり鼻穴を広げて息を吸えないくちです(笑)。10年選手くらいでしょうか。

6年くらい前までは、症状のひどい日にだけ薬を飲むという対処をしていましたが、その年の朝、起きてすぐに派手なくしゃみを一発した瞬間、まるで「ぽろっ」と何かが欠け落ちたような気がしました。実はその日の夜、ソロで歌う予定が入っていたので真っ青!!試しにすぐ声を出してみました。するとある音より上に上がろうとすると全く声が出ない、息しか出ない、いわゆる音声障害を起こしてしまったのでした。その時は「声帯が欠けてしまった~。」と思ったのですが、そうではなく、予想では大きなくしゃみによって声帯の一部分に刺激が与えられて急性の炎症を起こしてしまったのだと思います。たかが一発のくしゃみで!!!

本番は自分の声がコントロール不能という最悪の結果になったのを教訓に、それからというもの花粉症のあらゆる症状に恐怖を感じて、「症状を出さない」という目標を掲げて努力しております。なぜその年、花粉症の症状が出るにも関わらず、積極的な投薬をしていなかったというと、それまでの薬は副作用が強く、眠気やだるさだけでなく、歌う人や楽器を吹く人などにも大敵な「のどが渇く・唾液が出ない」という状況を避けていたからでした。しかし、その次の年あたりから、嬉しいことに「副作用の少ない抗アレルギー剤」というのが出てきました。試しに飲んでみたら何よりのどの渇きがほとんど感じられなく、自分に合っていたため、それから毎年この薬のお世話になっています。この薬は花粉症の症状が出始めるだろう時期の2~3週間前から飲み始めると効果的なので、上手にコントロールすれば、ほとんど症状を感じずにこの季節を乗り切ることができます。去年は花粉量も多く時期も早かったのでお正月から飲んでいた記憶がありますが、今年はそれより一ヶ月も遅れて飲んでも間に合いました。いくら良く効く薬でもずっと飲み続けるのはあまり嬉しいことではないので、飛散時期が短いというのも有難いことです。

と、夜に鼻づまりでもんもんと眠れない毎日からすれば天と地の差で、お薬さまさまですが、やっぱりよっぽどたくさん飛んでいる日はムズムズ、カユカユするものです。そこで「マスク」が活躍するわけですが、職業柄?マスクには慣れていて抵抗はありません。風邪の予防も結局は原始的にマスクが一番といいますし、耳が痛くなることと、ずっとしていると顔の筋肉が固まってしまうことがあっても、私の頼りになるお友達です。必ずバックに入れ出かけ、忘れたらうろたえるアイテムです。電車では必ず病原菌よけにマスクを付けるのですが(人から神経質と言われますが・・)、私はにおいに結構敏感で、実はマスクは「臭い人」よけにもなるんですねえ。臭い人を電車の中で避けるのはなかなか難しいこと。我慢して頭を痛くするより、マスクしてついでにミントの飴でもなめれば解決です!私の危機を守ってくれる2枚のかわいいマスクがあるのですが、その話はまた今度にします^^。

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どこへ行ったの。

最近探しているものがあります。スーパーに行くと必ず探すものです。

ひとつは「エンゼルパイ」。もうひとつは「和風カレーうどんルー」です。

エンゼルパイは有名なあのお菓子ですが、バニラはたいていあるんです。探しているのはイチゴ味。2個入り箱のもので、少し前までは必ずお菓子売り場のチョコレートの辺にあったと思うのですが、今は見つかりません。私は決まって行くスーパーマーケットがないので、買い物に行ったお店で必ずチェックするのですが・・。季節ものなのでしょうか?でも今ってイチゴの季節ですよねえ。バニラもおいしいですが、やっぱりイチゴが食べたい!

和風カレーうどんルーは少しマニアックかもしれません。いわゆる各社カレーのルーの置いてある売り場の隅に、少し前まではあったんです。発売元も大手の会社だったと思います。簡単にできて割とおいしかったので、我が家ではヘビーローテーションだったのですが、見当たらなくなってしまいました;; 確かに置いてある店とない店があったのでメジャーな商品ではなかったのかも。在庫なくなりしだい置かなくなったのでしょうか。

新しい製品が出てくる一方で、知らぬ間に消えていっている商品もあるんですね。でも、私が探しているものは昔懐かしいものではなく、ちょっと前まであったものなので、小さな商店や売店にはまだあるかも。ないとなるとどうしても食べたくなるのが人の常。もうしばらくはスーパーの棚あさりは続きそうです。

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日のあたる体育館で

本日は久しぶりに小学校を訪れました。週に2日働いている職場で、小学校での出張授業を頼まれた先生のお手伝いで、懐かしい場所に足を運んだというわけです。

授業は、簡単な実験を体験しながら、人間の体の仕組みを知ろうという内容で、先生(ドクター)が考えた7つの実験を子供たちにやってもらうために、私が皆の前で実際やってみて真似してもらうという流れでした。実験と言っても脈を測ってみるとか口の中を観察してみるなど本当に簡単なものか多かったのですが、普段と環境の違う授業なので、子供たちにはそれなりに受けたようです。予想外に盛り上がったのは、膝蓋腱反射。いわゆる脚気を調べたりする反射のテストです。ペットボトルに水を入れたものを用意してもらい、それをハンマー代わりにして膝の下をポンっとたたく実験。昔はビタミンB1不足で脚気の人が多かったようですが、今は病院に行ってもあまりたたかれないですよね。だからなのか子供たちは楽しそうにペアの子の膝をたたいていました^^。

しかし、なにより興味を持ってもらったのはずらっと並べられた臓器の展示でしょうか。これは小学校ではなかなか見ることのできないものですので、先生方にも珍しがられました。手術などで取り出されたものですが、ホルマリン漬けされたパックで、実際に持ち上げたりパック上から触ったりできるので、貴重な経験になったと思います。

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ひとつひとつの実験を真剣に行い、臓器について先生に質問をしたり、そんな熱心な子供を見ていると、この子は将来のお医者さんかなと思ったり。最近の小学生には教科書を抜け出して、生きた知識を身につける機会が増えているんだなあと思います。私も中学校に歌を歌いに行ったことがあります。中学生くらいだと、人前で歌を歌うことが恥ずかしくなることもあるようなので、いい大人が歌うことを生きがいとして、真剣に歌を歌っているんだよ~ということを感じてもらえたらと授業をした記憶があります。全員には無理でも一人でもそれを感じてくれれば、こういう授業の意味がありますよね。それにしても、今の学校の先生たちは、いろいろな職業の人たちを呼んだり、授業を工夫したり大変だなあと思いました。

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もえに萌え~!

満を持して登場!我が家のアイドル、ビーグル犬の『もえ』です。

200627_003_2 5歳、14キロの女の子♀。趣味・・人間からおいしい食べ物をせしめること。特技・・早食い。好きな食べ物・・人間が食べているもの。特にパン。好きな動物・・人間とリス。嫌いな食べ物・・ゆでただけのほうれん草。今まで食べたもので一番まずかったもの・・テレビのリモコン。

厳密なことをいうと、もえは実家にいるので一緒に暮らしているわけではないのですが、れっきとした我が家の末娘です。ビーグル犬はもともと食いしん坊、大食漢と決まっているようですが、自分のご飯から人間のご飯、はたまた新聞紙や雑誌にいたるまで食べまくります。太ってます・・。困ってます・・。

その分、体を動かしてシェイプアップしなくてはならないのですが、散歩もまた一苦労。ビーグル犬はもともと猟犬。走るのも早いし力も強い。しつけをし誤ったこともありますが、まるで人間が散歩に連れていかれていうような有様で、私や母は肩をはずしかけます。それに加えて、走っていたかと思うと興味のある場所で急ブレーキ。私はむち打ちになりかけました。もう若くない両親が飼うにはいささか元気すぎる犬種かもしれません。

がしかし、犬というのは本当にかわいい生き物です。

我が家はペットというとずっと猫でした。外猫にしていたので、交通事故で短命な猫が多かったのですが、家族全員が「猫派」だったのです。いまだに妹は猫を飼っています。猫の自由奔放なところが好きなはずでした。でもいったん犬を飼ってしまうと・・・。違いますよね。こうしてこられるとたまりません。

200627_008 しかし、なんといっても世話は大変ですし、家の中も汚れる。つまり、私のように可愛がりたいときだけ可愛がって、世話は両親。実家の中は汚れても家はきれいなまま。という、私が一番要領がいいということになっているみたいです。

さあ、だんだん暖かくなってくるし、もえと一緒にどこかへ遊びに行きたいなあ。

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久しぶりの表彰状

おととい2/10に、「第45回静岡県芸術祭授賞式」が県庁で行われました。

静岡県の文化部門の発表に対する表彰式で、美術部門・文学部門は応募作品による評価、音楽・舞台芸術部門は発表による評価になります。私たちが関係するのは音楽部門になるわけですが、「音楽」とは言っても合唱と邦楽の2ジャンルに今のところは限られているようです。県民が広く参加できるジャンルというとこのくらいなのでしょうか。ソロの演奏や作曲などは専門色が強いですし、西欧楽器というのもある程度の技術が必要ということなのかもしれません。

以前同じ合唱団で、やはりこの芸術祭で芸術祭賞というまあ一等賞をいただいたことがあったのですが、別の団員が表彰式に参加してくれたので、私が式に出るのは初めてでした。と言っても平日の昼間、私くらいしか行ける人はいなかったからなのですが。

県内に住みながらも、やはり他の市に出向くことは多くはありません。県庁も初めて訪れました。立派な建物でした。

2006210_001 天気もよく、日中はやや気温も上がったため、久しぶりの静岡市の街をぶらぶらとウインドーショッピングを楽しみながら歩きました。大きな店舗だけでなく商店街に活気があり、一日かけてゆっくり買い物をしたくなる街です。我が街と比べてとってもうらやましくなりました。

時間になったので会場に赴くと、予想以上に晴れやかな雰囲気が漂っているではありませんか。着物を召している方も・・。急に緊張。なぜかって、奨励賞を受けた50余の人や団体の代表で賞状を受け取る役をなぜかやることになっていたからです。

「もうちょっといい格好してくればよかった・・。」と思いましたが、後の祭りなのであきらめ、とにかくニコニコして受け取ろうとそれだけを考えて壇上に上がりました。改めて考えれば緊張することもないのに、お堅い雰囲気の式ってホント苦手です。

県の偉い方からのあいさつで「皆さんは静岡県のトップレベルと認められた方たちなのですから・・うんぬん」というお話がありましたが、合唱に限れば静岡県にある合唱団の全団体がエントリーしているわけでもないですし、もちろんその時の発表会の審査員の顔ぶれによっても好みが違ってくるわけですから、こういう賞ももらうのはうれしくないわけではないのですが、これで手放しで喜ぶというものでもないなあと思います。はっきり言ってしまうと、アマチュアの合唱団のステージに立てる機会というのは数限られています。しょっちゅう演奏会ができる団体やコンクールなどに勝ちあがれる団体はともかく、こういった市や県で主催してくれる合唱祭や芸術祭のステージは貴重なステージの一つです。なので、賞を取るという気持ちで舞台に立つというより、自分たちの演奏がステージ上どう聴こえるのだろうかとか、練習の目標として捉えている傾向にあります。賞をもらえてももらえなくてもどっちでもいいといった感覚です。

美術や文学など何十年も自分のテーマを研究してこつこつと続けてきた方たちに評価を与えるというのはいいかなと思います。同じように私たちも、その日頃の活動が評価されてというほうが励みになるのかな。。と思ったりしました。

やはり冬は空気が澄んでいて、晴れていると富士山がはっきり見えます。今回も県庁の建物の21階の高さから、きれいな富士山の頭とご対面しました。最近すっかり富士山づいている私です。もしや今年、初登山、初登頂の予感!?

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盲点をつく話

「盲点」というのを体験しました。

よく「話の盲点は~」とか使われる盲点は本当に私たちにあるんですね。

週に2日勤めている職場で、見せてもらった紙はこんなのでした。

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なかなかカラフルで、興味をそそる絵図です。

この紙を両手で持ち、真ん中のロボット(?)のおへその赤い点を目の高さに合わせます。そして片目をつむって、片方の目は赤い点から目をそらさずにゆっくりと紙を近づけていきます。

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そうするとある地点で、横に書かれている「右」とか「左」の文字が消える瞬間があるのです。「えっ。」と思って文字に目を合わせると見えてしまうので、なかなか感覚をつかむのが難しいのですが、片目づつ行うとこの現象が起こります。両目では起こりません。

詳しい説明は分かりませんが、それぞれの目にある盲点を両目で補い合っているそうです。また緑内障などの病気にかかるとこの現象がくるったりするので、視野のテストとして用いられる紙ということでした。

今回は小学生対象に体のいろいろなしくみや、不思議を体験しながら学ぶという教材のひとつにするという話でした。大人になっても専門家でなければ知らないことはいっぱいあって、最近ではテレビなどで「へえ~。」と知らさせることも多いですね。私は歌を歌ってることもあり、口の中や喉頭の話や呼吸器官の話を聞くことがとても興味深いのですが、今日も口蓋垂、いわゆる「のどちんこ」は鼻につながるトンネルの入り口から食べ物や飲み物が逆流しないように、カヴァーの役割があると初めて知りました。そうすると、よく鼻から牛乳を出したりする芸は、のどちんこの裏の穴から押し出すように練習してるんですねえ。なるほど。

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思わずパチリ

今週末は里帰りでした。ダンナの郷里は山梨県の甲府です。

寒い週末でしたが天気は快晴。そのため富士山もくっきり見えました。

甲府には何度も訪れているですが、里帰りというのは常に家族に会うのが大きな目的なので、街の中をあまりよく知らずにきました。今年初めて武田神社に初詣に行ったくらいです。今日は、駅の横にある「甲府城跡」にやはり初めて行ってみました。その城址内にはダンナが子供の頃に足繁く通ったという科学館があったようですが、今は跡形もなくなり整備されて広々とした公園といった所。天守台に登るとこんな富士山に出会いました。

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甲府からは富士山の頭が見えます。これは周知のことなのでしょう。がしかし、小さい頃から山梨県より南にいた私には、こんな風に見えるのが富士山なんですよね。↓

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よく、山梨の人と静岡の人でどっちが富士山が美しく、より富士山らしく見えるかということで議論になると聞きます。もちろん見慣れた富士山が一番ということになるのでしょうが、今日撮った富士山の写真を見ると、日本一高い山の割には、高くそびえ立つというより裾野が広いんですよね。

あと、車の中で富士山を見ながら口についてきた歌「あたまをくもの~うえにだし~♪」という富士山の曲は全国的に有名なのでしょうか?近隣に住んでいると何かと聴いたり歌ったりすることがあるので馴染み深いのですが。ご当地ソングではないですよね?

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皿洗い楽し?

最近では本や雑誌でよく目にする北欧の家具やデザイン。

家具などは高価なので手が出ませんが、ここ数年私の中にもプチ北欧ブーム(?)が続いています。3~4年前に母と北欧ツアーに参加。合唱の世界では北欧の作曲家の作品がよく歌われるようになり、極めつけは去年の夏に参加した「世界合唱シンポジウム」での北欧の合唱団のサウンドにノックアウト。こうして徐々に北欧熱が高まっていったのでした。

家をスウェーデンハウスにしたり、家具を総とっかえすることはできないので、北欧のくらしを紹介する本を見てはそれっぽい小物を揃える程度で、今は満足しなければなりません。北欧の有名ブランドの食器などもやはり手が出ないのですが、今までのようにやたらと安物を買うのではなく、お金を貯めていいものを揃えたいなと思えるようになったのも驚きの変化。

「ストックホルムのキッチン」という本の中には、スウェーデンのストックホルムに住む普通の人たちのキッチンが写真入りで紹介されています。その写真の中に結構な頻度で登場する水切りラックがありました。ポップな色合いの丸っこいデザイン。調べたらイタリアのメーカーのラックと判明。ここ半年ばかり迷っていましたが、先週ついに購入。北欧のデザイングッズではないのですが、北欧の人たちもお気に入りのデザインみたいなので、いいんです!

Photo 皿が立つように細い棒がつんつんしているのですが、頭に赤い帽子をかぶりまるでマッチ棒みたいでカワイイ。その本では、キッチンにしっくりと収まっていたので分からなかったのですが、意外と大きいのです。日本のマンションのシンク横には、ぎりぎりセーフでした・・。

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「博士」ってこういう人なんだ!

映画「博士の愛した数式」を先週観に行きました。家にずっと前から本があったものの「数式」という言葉に恐れをなして、なかなか手が伸びずにいました。ところが映画化され、私の好きな女優さんも出ている(深津絵里)そうなので、まずは本を読了。見慣れない数式がちりばめられていて頭が止まる瞬間もありましたが、お話の展開には引き込まれました。そして、私のイメージする「博士」と寺尾聰がしっくりこないなあと思いながら映画を観始めました。

ところがどっこい(古いっすね)、寺尾聰の「博士」がとても良かった。ある意味、本の中だけでは膨らまし切れなかった私の「博士」像を見せてくれました。どうも私は「博士」を、今や数字だけを愛する枯れたおじいさんと捉えていたために、『寺尾聰じゃあ若すぎないか?』と思っていたのです。しかし、(実際は58歳の)寺尾さんの「博士」は、確かに数学と愛を交わす初老の男性ではあるけれど、義姉に想いを抱かせる魅力的な男性であり、若い家政婦さんや子供からも慕われる頼もしい男性であるわけです。その人間的魅力があるからこそ、その口で語られる数字の世界がまた、感動を持って伝わってきます。

余談ですが、私はどうも昔から先生(しかも微妙に年のいった先生)に弱くて^^;、10代のころはだいたい学校の先生に恋をしてた人間なので、穏やかにかつ情熱的に黒板に向かう「博士」の姿は、惚れそうになるくらいの勢いでした。これが吉岡秀隆の先生にはあまりこないんですが・・(つまり私にとっては若すぎる)。

あとは、博士のお家とその周りの風景が美しかったです。仕事に向かう家政婦さんの自転車の走る細く続く道。風の音も聞こえないような静かな庭に小さな離れ。掃除をして買い物をして食事を作って時々散歩して・・というようなシンプルな人間の営み。そして数字や小さき者に純粋でまっすぐな博士の愛。

映画の中ではどちらかといえば邦画が好きなので、また繰り返し観たい(好きなものを何回も観る派。)映画ができたなと思ったのでした。

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ドアの外から音楽を聴く

いくつかの仕事をかけもつ、いわゆるフリーターです。

今日は(もう昨日になっちゃいましたが)夜にコンサートのお仕事がありました。コンサートのお仕事いうのは、あるホールに派遣されるスタッフで、チケットのもぎりやお客様案内、クロークなどを行います。コンサートのある日と自分の空いている日が合えば入れるお仕事なので、不定期ですが私のようなフリーターにはありがたいお仕事です。

本日の演目はゲルギエフ率いるマリンスキー歌劇場管弦楽団のオールチャイコフスキープログラム。マリンスキー歌劇場とは旧キーロフ歌劇場だったというのも今日初めて知りました。私の知り合いもホールにちらほら。有名どころはしっかり押さえてちゃんと聴きに来ていて、みんなすごいなあと感心。

自分自身、音楽の中でも合唱や古楽に興味の中心があるせいか、コンサートに行くとなるとどちらかというと室内楽的なコンサートが多くなってしまいます(と言っても最近はお金出してコンサート行ってないなあ)。有名な指揮者や演奏家による、クラシック王道のプログラムが聴けるコンサートに疎遠な日々を送ってきましたが、やっぱり大事ですよね。有名な交響曲って何度も聴いているのですが、それは結局CDやTVからだけで、生では一度も聴いたことがない・・そんな曲ばかりです。評価や支持の高い曲ってあまりにも耳になじんでいるからこそ、ライブで聴いて真価が実感できそうな気がします。

とは言うものの、そんなコンサートの1万円以上の席を抵抗なく買えるようになるまでには、人間が練られないとだめそうです・・(基本的にケチ)。お仕事とはいえ漏れてくる音で今日はガマン。ただ、スピーカーからの音はやはりCDのようにしか聴こえず、やっぱりライブは視覚の効果も大きいですね。

ゲルギエフさんは今日は指揮台にのらずに振っていた様子(足休憩時にモニターでチェック)。いつものことなのでしょうか?振りながらよく歩いていらっしゃるので、台の上では踏む外すのかもしれないですね。でも、オケの指揮者がベタで振るのは初めて見ました!独特。アンコールでは始めの棒だけ振ってすたすたと袖に入っていってしまい、オケは指揮なしで見事に演奏。という演出もあったみたいです。

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はじめまして。じゃすみんです。

日記は昔から続いたことがない。

立ち止まって考えるのが苦手。

パソコンに向かってじっと考え込むなんて、今まで想像もしなかったけれど。

でも、そんな時間も大事かなと思ってブログに挑戦することにしました。

ここまで書くのに15分・・。

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